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2005年6月30日 (木)

ロングテールTV:パート3

oldtv僕はブロードキャストからナローキャストからナノキャストへのシフトが将来のプライムタイムへ影響を及ぼすかを述べようと約束した。で、これが簡単な答えだ:これは先行者にとって良くないことは間違いない。でももっと詳細な答えはもっと面白い。ちょっとした歴史から始めようか。

印刷機の到来からプレイリーにおけるシアーズローバックのカタログのロングテール効果についてまで、結構な量の前例がある。実際、いつの時代も幅広い商品へのアクセスの増大が起こってきていて、僕らは需要のカーブがニッチへシフトしてきたのを目撃してきた。みんなが限定されたものを買う/観る/聴く、もしくは消費するという事は決してそれがみんなが求めているものだからではない。ただ単にそれしかないからである。”ヒット”の多くは希少性の産物であり、感性による功績ではない。

テレビはもうすでにそのようなシフトを経験してきた。初めて1970年代後半にCATVが紹介されてから、平均的なアメリカ人の家庭で視聴できるチャンネルの数は急速に増えていった。これはアナログからデジタルの広帯域ケーブルへの変換と共に現在も続いている。1980年には、平均な家庭は16チャンネル(屋根にアンテナをつけたりして)を視聴する事が出来た;彼らの80%近くがプライムタイムで三大ネットワークを視聴していた。今日では、95%近くの家庭がケーブル(下のチャートでは"マルチチャンネル"とも呼ばれている)を持ち、各ケーブルでは平均110のチャンネルがある。そしてそれらのうち半数だけがプライムタイムで大ネットワークを視聴している、FOXが第四番目として加わったにも関わらず:

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でも、マーケットシェアのラインを観察する別の視点がある。この期間の間の75%から50%への下落は、25%の視聴者がネットワーク系ではないTVを観る事にシフトしたこを示している、ということは四分の一の視聴者がテールの下へ移ったわけだ、これに加えて四分の一が元からテールの下にいた。

フェアに言うと、MTVかHBOをテールの部分として数えるべきではないかと指摘する人もいるだろう。僕らは現在毎晩何百万人もの人達がどのチャンネルを観ているか聞いているところだ。でも、平均的な家庭のチャンネル数が80(アナログ・ケーブル)から200(デジタル・ケーブル)から無限(インターネットTV)へといくにしたがって、視聴者が集中しているものから、ニッチコンテンツへ移行しているシフトは簡単にわかるだろう。

"プライムタイム"はすでにTiVoユーザーにとって無意味だ。"チャンネル"も同様だ。すぐに"僕の地域で視聴できるもの"も同様になるだろう。希少性の手段が氷解していくにつれ、視聴者は自然に試聴可能なコンテンツへと広がっている。

明白にするために、僕はTiVoのアプリケーションとインターフェイス・チームを率いているHoward Lookと話した。彼は親切にもシーズンパスのTiVoユーザーの動向についてのいくつかの数字を教えてくれた。最初のチャートはトップ100の番組をレコードしている人達のパーセンテージだ。二つ目はトップ7,000まで含めた物で、トップ100のチャートに対して平均を取ったものだ。拡大バージョンはクリックして見てくれ。

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このチャートが示しているのはトップ24のシーズンパスは全てのシーズンの25%に値する事で、トップ80のシーズンパスは全シーズンの50%に値しているということだ。だが別の見方をすると下の6820シーズンパスは全体の50%に相当するということだ。他の言葉でいうと、テールはヘッドと同じぐらいのサイズだということだ。これはケーブルの登場によって登場した比率と全く同じだということだが、現在では巨大なスケールだということだ。

この調査でフラクタル幾何学が存在している可能性はあるか--配信の障壁が消え去って、人間の自然の傾向が需要を少数のヒットとたくさんのニッチに均等に分けてしまうということ、スケールに関わらず?僕らが良く知っている僕らの世界の制約、80-20の法則の代わりに制約されない需要は実際50-50に近いのか?僕がこれを証明するにはもっとたくさんの例が必要になるだろうけど、少なくてもとっても興味深い偶然だ。

今日はこの辺だ。明日は、ロングテールTVを有名にするために、どのようにビデオを作り、探したらよいかの考えと共に、このシリーズを終わりにする。

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ロングテールTV:パート2

simpsons昨日僕はテレビのブロードキャスト寡占状態を打破するためのインターネットを基盤としたテクノロジーの波と、それはあらゆるビデオコンテンツのオープンな配信のプラットフォームを作る可能性があることを紹介した。これは至る所で見られる配給・配信の崩壊同様に、消費者の趣向をヒットからニッチへとシフトさせ、ロングテールな需要を生み出す可能性がある(そうだ、僕はこのことをフィンガーウェアへ保存するためにマクロにプログラムした)。

それによって僕らがどのようにテレビを観るようになるかを話す前に、一つ訂正しておきたい。僕は不覚にもストリームされたものとダウンロードされたテレビを"IP TV"と書いてしまった、なぜなら配信ネットワークとして両者ともインターネットを使っているからだ。今思い出したんだが(恥ずかしながら僕自身の雑誌の記事で)IP TVは一般的に現存するケーブルと電話会社がインターネットプロトコルを使う時に使う言葉で、サードパーティーによる広く開かれたコンテンツをストリームするものを示すのではない。

僕はそれより後者にもっと興味を持っている--ウェブがビデオを--なぜならそっちの方が誰でもプレイできる開かれた市場を作る事に繋がるからだ。だが、僕はeBayのようなセルフサービスのボトムアップのマーケットが支配するとは思っていない。番組はコモディティーではないし、番組の質、これこそが最も大事な物だが、は信頼できる助言と推薦なしでは簡単に確かめることができない。その代わりに、エンターテイメント・メディアで最もうまくいきそうなのはもっと構造化された環境だ、例えば批評家のレビュー、カスタマーのコメントと専門家の助言が合わされながら、消費者をいい物を見つけるのを手伝ってくれる、アマゾンやiTunesのような。

Thomas Hawkがこれを捕捉する

”最初の主プレイヤーは編集者のチームを作って、ロングテールのマイクロコンテンツをパブリッシュするだけでなく、もっと重要な事は、ランキング、レコメンデーション・テクノロジーと他の目玉と共に検索できる包括的なガイドを作ることで、そうすれば残りの分野で大きなアドバンテージを得るだろう。”

これはTiVoやNetflixのように簡単にSBCかComcastになるかもしれないと思ったが、ケーブル会社と電話会社がビデオオンデマンドを具現化したゴタゴタを観てから、僕は彼らが十分に速く動いて、重要なコンテンツの量を確保できるか疑問を抱いた。一般的に言って、インフラを作る会社はインフラを提供して、コンテンツ会社がコンテンツを提供することを分離した方がいい。だがどちらにしろ、一番大事な事はプラットフォームにビデオを入手する過程が安く、シンプルで透明であることだ。

ベストな方法はパーケージされたビデオと豊富なメタデータ(キーワードから字幕付き、そしてフルスクリプトまで)を合体させることのできるサービスをいいスタンダードで初め、必要な時に、ある支払いシステムでDRMを縛ることだ。言うまでもないが、これにはたくさんのコンテンツがある;Windows MediaからMPEG4、そしてこれらを拡大するのに努力している企業不足ということはない。そのトップでは、The Orchardが音楽でやってるように、配信する為に、ライブラリー一覧をパッケージできるように、業界規模で法的権利をクリアしようと考える企業が現れるだろう。

CESの話題に移ると、テレビの新しい形でカンブリアの爆発の始まりを観たと感じた。DVR+ブロードバンド+ホームネットワークの混合の勢いがケーブルが20年前にしたように、テレビの形を変えている。

このミームの主人物のJeff Jarvisが何が起こっているのかを次のように説明している

”そう遠くないTVの爆発の未来では、数ヶ月後には誰でもビデオ番組を作れて、それを新しい機器とツールで安く作れるようになるだろう。;それをオンラインで配信して、メタデータと検索とリンクで、それを”マーケット”できるだろう。これで遊び場が引き上げられる...僕はネットワークの死サミットが必要だと感じている。”

僕は結果的に勝者は一人のではなく幅広いサービスの勝者だと推測している、それはPro-Am(プロアマ)のP2P(Bittorentを読んでくれ)配信のコンテンツ、自由の奴とお金によってロックが解除されるものから高品質と多数のレコメンデーション機能がついたものを提供する商業的なサービスまで。消費者の一部はリアルタイムでコンテンツをストリーミングするためにプレミアを支払うだろう;他の人は少ない金額を払って、DVRに落ちるまで待つだろう。それでも、一部はオンラインで観たいものに満足しないか、無料でほしいのか、新しいナップスターを作るだろう。

Mark Cubanはこうみている

”僕らは子供達がGoogle, icerocket.com, yahooや他の検索エンジンで検索することが出来て、テレビで放送されるビデオ全部を観られる時代に突入している。トピックに入れてくれ。Boomだ。君が欲しがっていたビデオ全部だ。名前を入れろ。すぐそこだ。ビデオと写しがやってくるよ。”

エキサイティングな話題だね。明日僕はこのコンテンツがどこから来て、ブロードキャストからナローキャストからナノキャストへのシフトがプライムタイム(ゴールデンタイム)に何をもたらすかを書く。

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ロングテールTV

tv先週僕は、家電のホットな分野の感触を得るために、ラスベガスのCES(Consumer Electronics Show)で数日過ごした。多すぎるプラズマのフラットテレビは置いといて、最も印象深かったのはテレビを配信の束縛から解き放とうとするイノベーションの爆発だ。

数百ものデジタルケーブルテレビを見渡してみると、テレビは束縛されている以外の何ものでもないように見えるだろう。まだそうだ。全て想像通りおこっているようだが、ビデオの世界では小さな変化が起こっている。現存するチャンネルのほとんどの構造は一年中毎日奥行きを24/7の画面で埋める事に集中していた。よってDIYチャンネルとHistory en Espanolは集まって通り過ぎてしまうが、Halo 2 Physics Hacksチャンネルは違う。許容範囲内の損失か?去年のBravoの素晴らしいクールはどうだい、今までスペースを保存する為にDVRをオーバーライトしていたことは?

両者とも;テレビのチャンネルが集中してしまう現実と一日限りの放送はケーブルブロードキャスト配信、は障壁だ。テレビはいまだに棚不足の時代で、ロングテールから学ぶところはより良いほど常にいいということだ。過去十年でのケーブルの許容量の増加は、同時期でのビデオ制作の増加と、あらゆる物に対するマイクロオーディエンスのサイズの潜在力に対して重要で無くなる。TiVoは少なくとも時間の圧制を方程式から取り除いてくれたかもしれないが、iTunesのモデルのように今まで作られたもの全てをいつでもダウンロードできる状態とは程遠い。

これには様々な理由がある。まず、テレビには難しい権利問題がある。コンテンツはブロードキャストネットワーク送料から始まりテレビ番組の配給システムまで、あらゆる方法で守られている。そして、高品質のビデオでストリーミングするたに一時間約2ドルというコストがかかる。そして、おそらくもっとも重要なのが、テレビは視聴者にとって無料だという問題で、広告主から支援されているということである。どういう方法で、ダウンロードされたビデオが広告に利用できるメディアにできるのかは明らかでなく、さらに前もっていつ広告が現れるのかわからないし、TiVoの視聴者は広告をスキップすることに慣れ始めている。

CESでは主催企業がこれらの問題にどう対処したらいいのか見せたり話したりしていて、例えばサブスクリプションによりcelestial jukeboxモデルをIP TVへと拡張したり、ペーパービューかスキップできない広告をサポートする形を開発する事などだ:

・TiVoはフォーカスをケーブル局と衛生局の一括契約から、Netflixからのオンデマンド映画を含むウェブからビデオを届けることに転換することを発表した。

・マイクロソフトは自身のMedia Center 2005システムを、どのコンテンツ提供者でも商品を配信する事が出来るIP TVプラットフォーム への開発が進んでいることを話した

・インターネットテレビのもう一つの会社、Akimboはストリーム可能なビデオのライブラリーを作り続けている事と、現在行っているDVRに加えてMedia Center PCで提供できる戦略を話した。Dave NetworksはDVRを使うソフトウェアの代わりにMedia CenterのようなPCプラス"extender"(スリムなストリーミングビデオ受信機)のセットで、同じようなサービスを披露した。僕はまだ準備中のVidmarkの幹部とも話し、同じようなプランがあると語ってくれた。
・一方iFilmAtomFilmsはさらにたくさんのストリーミングビデオとショートフィルムを提供している(iFilmの素晴らしいViral Videoサービスも含む)。

Yahoo!とGoogleは彼ら自身のIP TVを届けるために、ビデオサーチサービスを立ち上げようとしている。
・そしてBlog Televisonがある

明日は、これらの企業が牽引し始めたらロングテールテレビがどのようになっていくのかをブログするつもりだ。でも待っている間に、Jeff Jarvisが"テレビニュースを普及させるための簡単な4ステップ"を説明しているティーザーをどうぞ。

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定義:ファイナルラウンド!

contestどのような定義をするべきかについての呼びかけに、コメントとeメールで賢い読者諸君から膨大な数の定義が生まれた。このような速度で、本当の意味でのストーンスープ/オープンソース形式で書きたいと思う。まず、ありがとう!

君たちの多くが(見ればわかる通り)ロングテールの僕の定義をより良くしてくれた。さらに価値あることに、僕のD)”ロングテールは豊富性の経済についてだ--僕たちの文化で供給と需要の間に立ちはだかっていた障壁が無くなり、全ての物が入手可能になったらどうなるか。”が最も得票を集めたようだけど、それがどうしても委任されたすることにはしない。

僕はまだ勝者を選ぶ準備ができてない(もしくは良いもののオールスターマッシュアップのリミックスのように)が、最終的な候補は提示できる。理想は、ロングテールの良い定義は以下の三つの要素が入っているべきだ:1)ヒットからニッチへのシフト;2)豊富性の経済(無限の棚の効果);3)たくさんの小さいマーケットのアグリゲーションによる大きいマーケットの創出。

以下は当たらずも遠からずのものたちだ(多くは一人以上によって記述された;その場合最も短いものを選んだ;また言葉を一つか二つ調節した):

ベストな定義たち:

・”ロングテールは多くの小さなマーケットの集積は少数の大きいマーケット以上に価値があるという認識だ。”--Jason Foster
・”ロングテールは不透明さがユビキタス(どこにでも偏在する)ようになる時におこることだ”--Eric Akawie
・”ロングテールは売る価値の無かった80%のものだ”--Greg
・”ロングテールは以前は末端にあるか、アンダーグランドか独立していたと思われていた商品が、集積する事によってベストセラーやブロックバスターに対抗するマーケットになるという話だ”--Bob Baker

ベストスローガン:

・”したたり落ちる経済(Trickle-up economics!) - Joshua Wood
・”80/20の法則の終わり(The end of the 80/20 Rule!) - Eric Etheridge
・"Everything all the time!" - Jim Treacher
・”小さい数かける大きい数は大きい数に等しい(A small number times a very big number equals a big number!)” - 僕(たくさんの読者からノミネートされた)

ベストな駄洒落:

・”広大なレーンの中での人生(Life in the vast lane.) ”- Jim Treacher
・”ニッチの半端じゃない量(An embarrassment of niches.) ”- Kevin Kelleher

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2005年6月28日 (火)

ロングテールとは何か?

definition_4ロングテールの簡潔な定義を見つけるのに四苦八苦してきた;バンパーステッカーより長くて、会社説明みたいに長くないやつを。だから、ここでいくつかの候補を上げて、君ら、賢い参加者がこの会話で一番共鳴するやつを教えてくれたらと思う(注意:こららのいくつかは僕ので、残りはこの言葉を定義付けしようと試みた人達のパクリだ)。このブログの簡潔な構造と、TypePadがそれを許すので、勝者にはこのブログのトップの場所を提供しようじゃないか。

A)ロングテールは無限の棚のスペースの効果だ--限られたヒットによる既存の障壁が取り除かれた時に現れるニッチの新しいマスマーケットだ。

B)ロングテールは無数のニッチ商品の集積のマーケットシェアがブロックバスターに対抗できること。

C)流通の新しい効果である;製造とマーケティングが、商業的に存続できる境界線を再定義している。これにより限界下のマーケットの消費者、製品とマーケットがロングテールを形成する経済へと変化させている。

D)ロングテールは潤沢の経済についてだ--僕たちの文化で供給と需要の間に立ちはだかっていた障壁が無くなり、全ての物が入手可能になったらどうなるか。

E)ロングテールは以前は経済限界下だった製品と消費者が、どのように突然もっとも巨大なマーケットになっていくかの変遷だ。

F)上のどれもでない。もっと頑張りましょう。

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2005年6月27日 (月)

多様性は充分ではない

cornaopia 最近のロングテールの活発な動きは二つのステップを経て始まった。第一に、1990年代の潤沢ブームがスーパーマーケットの棚の多様性の爆発を引き起こした(これはサプライ・チェーンの効率性の革命とグローバリゼーションのおかげだ)、そして開かれたインターネットの奇跡的な登場だ。両者とも独自に衝撃的だったが、両者とも充分ではなかった。実際、多くの人が堪え難いと思った。

現実の世界では150種類もの歯磨き粉か何十種類ものアイスティーの中から賢い選択をする経験は、"tyranny of choice(選択の苦しみ)"というコンセプトで紹介された。研究によると、人々は選択肢がたくさんあればあるほど居心地悪く感じるそうで(正しい選択をしたかどうか迷って)、それによって購買量が減ることもしばしばだそうだ。

オンラインに話を移すと、Google時代以前は、ハイパーテキストのフラットなヒエラルキーと、全ての90%が"情報量過多"に導くゴミで、情報と本物の理解との違いがあることを多くの人が学んだ。不慣れな洗練されたアマチュアと無知な企業の荒れた時代を放浪した後、オンラインを探求する人達は中身はたくさんある、ということだけ合意できた。何がいいのかはまだわからなかった。

この二つのケースで欠けていたものは必要なセカンドステップだった:たくさんのものと情報の存在だけでなく、それらの情報について--商品の"データ"、そして情報自身の"メタデータ"だ。

現実の商品では、アマゾンの"ベストセラー・ランキング"リストのような単純な物から、レビューや、価格比較、バージョンの情報や詳細な製造情報まで及ぶ。このようなささいな情報でも、消費者が判断を下すのに大きな助けをしてくれる。

アマゾンCEOのジェフ・ベゾスが説明するように、買い手が潜在的に大きな関心を持っている商品については、情報の量が多すぎるという事は無い:読者や購買者のレビューから購買記録まで、多くの情報が存在すればする程、商品を満足に買うことができる。ただし、買い手があまり関心の無い商品の場合は、他の人が何を一番買ったのかという単純なことを知るだけで、膨大な選択肢から静止してしまうという状態から自信を持って買うという状態へと変化をつけることができる。

現在のスーパーマーケットの棚では、歯磨き粉の情報と言ったら、どのブランドが君の脳に刻み込まれているか、値段、ボックスの推薦文、そしてどこの展示場所に製造者がお金を払ったか、ということぐらいしかわからない。このどれらも余り役に立たず、間違いなく独立していない。でも、もしちょっとした情報を追加できたらどうか:ここ一時間の間にもっとも売れたのはどれか?突然、みんなの知識に頼ることができる。これが商品の情報が可能にしてくれるもので、それを簡単に提供してくれるオンラインの販売業者が、なぜ消費者をテールの奥深く冒険することを引きつけられることにもっと成功しているかを示す理由だ。

同じように、Googleは情報の情報を提供し、他の人々があるページをリンクするのがどれほど重要なのかと考えている度合いを提供してくれる。結果的に、ランクされた検索結果はアマゾンのカテゴリー別ベストセラーリストのようだ:迷ってる時はトップから始めろ。派生フィルタリングも音楽と映画に関して、カテゴライズすることと、人気度を明らかにすることが難しい物に対して、同じような働きをする。そして多くの企業が、現実世界の少ない商品とオンラインでの潤沢な情報のギャップを繋ぐために、バーコードリーダーとしてカメラ携帯を導入しようとしている。

これらの例全てで、データとメタデータがフラットなヒエラルキーを構造化し、カオスから秩序を作り出すことに一役を担えることがわかる。多様性のブームはロングテールを作り出したかもしれないが、多様性についての情報が(テール)の奥に人を引きつける。

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プロアマ(Pro-Am)革命

astronomerヘッド(訳注:テールと対比して、売り上げが多いもの)とテール制作者の違いは、テールの深い所にいればいるほど日常の仕事に追われなくてはいけないことだ。でもそれはいいじゃないか。"プロ"と"アマ"の制作者の違いは消えかかっていて、究極的にはなくなるだろう。僕らはお金が支払われるものだけを作るのではなく、僕たちが作りたいと思っているものも作る。どちらとも価値を持てる。市場に入り込むのに高い壁が存在していた時は、オーディエンスの目にはプロの仕事しか目に触れられなかった。でもこれらの壁は崩れ去ろうとしている。

ブロガーたちは恐らく最も明白な例だろう;アドセンスだけで使用料金を賄っている人がいるだろうか?それにも関わらず、Pew Internetの新しい調査によると、800万人ものアメリカ人が自分のブログを作った。他にもたくさん例がある、オープンソースソフトウェア開発の協力から宅録リミックスアーティストまで。イギリスのシンクタンクのDemosが"プロアマ"現象について素晴らしいレポートを書いて、次のようにまとめた。

天文学から活動、そしてサーフィンから人命救助まで、プロアマの人々はアマチュアの活動からプロフェッショナル標準のものまでーは私たちの社会と経済で急成長している重要な部分です。プロアマにとって余暇は受動的な消費活動ではなく、公的に信用された知識とスキルの、時には犠牲とフラストレーションを伴ってきた長いキャリアの中で培ってきた、展開でアクティブで参加型です。20世紀は医学、科学、教育や政治のプロフェッショナルの台頭を目撃しました。あらゆるフィールドで、アマチュアと彼らの倒れそうな組織は知識のある人と、それを証明できるものを持った人達によって運営されてきました。プロアマ革命はこの歴史的な転換が逆転しつつあることを唱えています。私たちはプロアマのボトムアップ型の自己組織化の開花期を目撃しており、粗野な、オールオアナッシングのプロフェッショナルとアマチュアのカテゴリーを考え直さなければいけません。多様なプロアマ達の詳細なインタビューとイギリスにおけるプロアマの活動の拡大を示す新しいデーターに基づき、このレポートはプロアマ活動の価値を推奨する為の政策を提案しています。

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ナノ経済

nano僕は三月にサンディエゴで行われるオライリーのEmerging Technologyカンファレンスで、ロングテールについての"high-bit order"プレゼンテーション(このコンセプトはWeb 2.0カンファレンスで初めて登場した)をするように頼まれていた。今日主催者の一人と談笑してたら、広く浅くやるか深くやるかの選択を迫られて、次の提案をして深くやることにした;

ロングテールの経済:マクロ経済なんて忘れてしまえ。ミクロ経済も同じだ。もっとも新しく興味深いのはナノ経済においてだ、もしくはテールの深いところに存在する需要の何百万ものニッチの動きだ。パレートの分布から、二次マーケットの創出、そして小さいものの集積から大きいビジネスを発見することが憂鬱な経済に光を当てる。

告白する。ナノ経済という単語を思いついたのは僕の造語癖で(これはロングテール自身と同じ)、プレゼンテーションを行う前に数ヶ月練らないといけない。でもそれは問題ではない。現在進行中の本当に興味深いことは。突発している小さい規模での経済活動が及ぼす経済的効果だ。そして潤沢な(訳注:abundance、すなわちscarcityと対比させて商品、サービス、作品へのアクセスの拡大状況を表す表現として良く使われる)経済は常に魅惑的だ。僕の頭の中でオスロのヴィジョンが踊っているわけじゃないが、いい継ぎ目だ。

でも僕は未熟だった。当然の事だが、この言葉は誰かが僕の前に使っている。実際、問題は少なくてもナノ経済という言葉に根本的に四つの定義があるということだ。まぁ、自然にナノテクノロジーの経済という意味。またルールが成果を判別するために重要なオークションや他のミクロ市場の意味。また、超マルチプレイヤーゲームとバーチャル世界の経済という意味。そして、たまに子供のミクロ経済というようにだ。

でも、まだこの時点でGoogleは223ヒットしか出していないので、僕が開拓する余地は残っているわけだ。次のようなトピックから始める:

--ヒット対ニッチの経済

--潤沢の経済

--ジップ対パレート対べき乗の法則:なぜ形状は重要なのか。

--トランザクションの重要性(Coase還元)

--中古品から在庫過剰の商品まで、ロングテールと二次市場の関係。

相応の経済学者(とそうでない人も)上の事柄についての考えを提供してくれることを歓迎する、僕が統計学を勉強し直している間に。

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巨大なマーケットは小さいセールスの中にある

今日のニューヨーク・タイムズでDaniel Grossは小さいものの集積による大きいマーケットの形成について、とってもロングテール的な称讃を書いている。そこでは僕が読み始めた本;ロングテール同様に、効率的に経済限界下のマーケットを解決するための事柄が書いてあるC.K.プラハラードThe Fortune at the Bottom of The Pyramidに触れている。このケースでは、共通の利益のために世界中の40億人の貧困層にどのように商品やサービスを売ればいいのか述べている。

いい事をしようとするトーンと無味乾燥な書き方に惑わされてはいけない;これはどのように商品をいかに少ない間接(仲介)費とコストで提供し、今までは絶望的だったマーケットにおいて利益を上げていくかを探求する重要なガイドだ。例えば、このテーブルを見てくれ。ここで"ニッチ消費者"を"貧乏人 "に、そして"ヒット"を"先進国で売られている商品"に置き換えてみると、間接費を少なくするべきだという、そこら中の論者と当てはまる:

("BOP(bottom of the pyramid;ピラミッドの底辺)";"MNC(multinational corporation;多国籍企業)"

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この議論についての要旨は、Strategy+business誌と同じ名前で、彼の2002年の記事で手に入る。プラハラードはサンディエゴを拠点として彼のアドバイスを実施しようとしている企業を助けている、そして最近僕の親友でエコノミスト誌の元同僚のAzeem Azharをリクルートした。ようこそ、カリフォルニアへ、Azeem!

この本はもっと探求する。

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二重引き延ばし局

mermaid
thelongtail.comのドメインを所得できたことはうれしいけど、longtail.comもできればほしかったな、もうちょっとだったのに。Live365(インターネット・ラジオ・ネットワークの一つ)とオークションを開催したロシア人が手を組んで、僕の記事が出た頃に値段をつり上げやがった(僕はロングテールという言葉がこんなに使われるとは思っていなかった)。

この話を志の高い起業家と広告業界の連中と夕食で話したんだけど、その後の30分間で下品な一枚上手な連中から、ドメインを所得する為にもっと頑張れば良かったっていうことが明らかになったよ。スローガンをつける人に取っては夢であることは間違いない。実際、僕はロシア人が最初にドメインを所得した事に驚いていない。

もし賢いマーケッターが"head"、"tail"、"long"という単語に関して、サブリミナル的(であるか無いにしろ)に何らかの手を打てないんなら、仕事を変えることを考えるべきだよ。僕は控えるけどね。

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2005年6月26日 (日)

このブログについて

このブログはWired誌の編集長Chris Anderson(クリス・アンダーソン)のブログ"The Long Tail-A public diary on the way to a book"の日本語訳です。このブログの内容はHyperion社より本として2006年に出版される予定です。


さらなる情報はプロフィールで。

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レコメンデーションRule!

fluxblog_2Malcom Gladwellは彼らを"玄人"と呼ぶ。他の人は彼らを"影響を与える人"、"思索リーダー"、"毒味係"、"フィルター"、"口言葉の発生装置"、もしくは伝統的に言うと、評論家や編集者と。彼らの一部は個人で、その他は同じ興味を共有する組織的な集団であるが、多くはただソフトウェアによって、その行動を観察されている単なる群衆に過ぎない。

彼らの全てがロングテールの潜在力を気づかせてくれるのに本質的な要素の代表だ:困惑させる選択肢の大群から、テールの深くを冒険するのに自信を与えてくれる推薦を提供してくれる。たが、入手できるものがさらに増える状況にあって、誰が新しいガイドになってくれるのか?

現在活動しているものの中で手がかりが見つかるだろう。セレブリティーは信頼できる一つの種類だ、お決まりのテレビから、映画、スポーツ、ビデオゲーム、そしてセレブリティーが何を着ているか(この画期的なところは、靴が見えるように膝まで写真を引き延ばすことではない)にフォーカスしたInStyleのような雑誌の成功の結果により、僕らは商品の膨大な配置の増加を見てきた。

Virginia Postrelが"mediated shopping(仲介されたショッピング)"と呼ぶものもある:専門家やツールが可能性の中から処理できる候補まで狭めてくれる。彼らは編集者が選んだ月刊カタログであるLucky誌(Wiredの姉妹企業)から、20年前にはほとんど存在しなかった結婚式のコンサルタントまで広がっている。

オンラインでは、古典的な例はアマゾンの推薦だ、これは個人がレビューを書くと同時に、派生フィルタリング・ソフトウェアが"Xを買った人はYも買いましたよ"と提案する。同じように、Rhapsodyのような音楽サービスは膨大な知識がある編集者と何百万人もの音楽ファンのリスニング・パターンから君と同じような趣味を持った人を探し出す、という二つの要素を合体させている。そしてiTunesはセレブリティー・プレイリストがある。

ブログは同じような影響力を持つレコメンデーションの情報源へと変貌しつつある。PVRblogHorticultural(有機栽培ブログ)のような個人で運営している熱心なサイトから、GizmodoJoystiqのような商業ブログまで、どんな理由であれランダムなレコメンデーションがブログから得られる(玄人達、すなわち多くの知識がありそれを共有し、ブログをしたい人達の間には自然にコネクションがあるようだ)。彼らに欠如しているものは洗練度と範囲である、良く作り上げる事より量を大事にする;彼らの読者は信頼できる本当の人物がいることを知っている。

最も面白い例の一つが読者の好みを拡大させている音楽ブログだ。これらには二種類ある:音楽ファイルを置くmp3ブログ、そしてプレイリストだけを置くブログ。最初の種類の中で最もいい例はFluxblogだ。これはただ一日に2,3の新しいアーティストに注目するだけでなく(ダウンロード可能な作品の)、他のmp3ブログのより良いリストも含まれている。

ここで立ち止まってみることにしよう:なぜこいつらは訴えられないのか?結局の所、彼らは、悪評高いP2Pサービスのような売れ筋の音楽は無視しているからだ。だがより大きい違いがこれら二つの間にある。まず、mp3ブログは彼らの好きな音楽だけを暗黙か明白であれ、アーティストが承認した楽曲だけを提供する。これはアーティストのマーケティングにとって大きい。次に、彼らは一度に少数のmp3ファイルしか提供せず、Kazaaのようにアルバム丸ごと一枚をダウンロードすることは容易ではない。最後に、彼らはアーティスト側に立っており、ファイルを取り下げて欲しいと言われたら、それに従う;実際、彼らの関係は良好で、アーティスト自身がサイトで投稿されるようにmp3を送る事もあるぐらいだ。

プレイリスト・ブログの潜在力はさらに大きい。僕のお気に入りはRhapsody Rock Schoolだ、これはスティービー・ワンダーの楽曲のカヴァーのベストリストからカウベルで誰かがプレイしている変な曲達までに及ぶ。Rhapsodyのおかげで(なんでもできる定額制サービスだ)、ワンクリックでプレイリストをプレイし始め、それは新しい音楽を発見するのに驚く程効率的な方法だ。iTunesのリンクは別の働き方をする。一曲ごと払わなければいけないが、ローカルネットワークで曲やプレイリストを友達のコレクションと共有できる。

僕は読者から高い信頼性がある狭い所にフォーカスしたブログや他の小さいサイトが、商業サイト内の推薦の埋め合わせをする必要不可欠なものだと思っている。最初のは先立つ物から推薦を差し挟むことによって他の興味深いコンテンツへの需要を生むことができる;後者は消費者が買いモードに入った時に案内することができる。両者とも消費者が自信を持ってテールの下を冒険するのを助けてくれる。石からダイヤモンドを、もみ殻から小麦を、ノイズからシグナルを、みたいに。

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DRMは悪か?

EFFのオーガナイザー、BoingBoingerとWiredの協力者であるCory Doctorowは多分DRM(Digital Rights Management;デジタル権利管理)に関して最も知識がある人だが、彼はWiredがDRM反対に対してもっと積極的に反対する立場を取るべきだと議論している:

最近WiredはDRMに対して弱腰だと感じている;最近のWiredのスピンオフ;Wiredテストはミュージック・プレイヤー、メディアPCとPVRのレビューの特集をしたが、これらの機器が基本的に機能制限があり、マーケットに入った後、その機器を買った直後より現在できることが減るように、機能を勝手に排除することができ、するであろうエンターテイメント企業にコントロールされていることが余り触れられていなかった。もし消費者にアドバイスするような雑誌を出版するなら、読者に対して次のような事を指摘するべきだろう:"もしこの商品を買うなら、君の投資は数人のパラノイア的なワーナーの幹部の善意によって偶発的に作用されてしまうだろう。占星術師が彼に君の停止ボタンが彼をビジネスの外に追い出し、その機能を停止するべきだっっていうことを聞かされた幹部にね。"

んー、"弱腰"か。まぁ、ある意味では彼は正しい:僕たちはDRMに対するEFFの理想的なラインに沿っていない。これはジャーナリスティックな中立性のためではない。僕たちも恥知らずながら僕たちが信じるものに対する活動家だ、そしてDRMの悪用はその一部だ。ただ僕たちはメインストリームのオーディエンスのためにもっと実践的な立場を取ろうとしているだけだ。(僕たちは圧力団体ではなく、商業誌だということも忘れてもらってはこまる。)

ローレンス・レッシグとクリエイティブ・コモンズのプロジェクトのように、僕たちは知的財産権の保護の価値を信じている一方、その保護の過度な引き延ばしや推進に対しては反対だ。コピーライト、結構じゃないか;永遠に続くコピーライトは悪だけど。違法コピーは悪だが、みんなを違法コピー者のように扱うのはさらに悪だ。

でも同時に、僕たちは消費者を第一優先に考えている。消費者はもっとコンテンツをほしがっている、そして簡単に使えるテクノロジーを安い価格で。もしあるDRMの形がパブリシャーを勇気づけるなら、家電メーカーとリテーラー達はもっと良い、安いデジタルメディアと機器を発表するべきであって、それは悪い事ではない。これは単に現実的になろうとしているだけだ;僕たちが他のをもっとほしがらなくならない限り、コンテンツの保有者はまだ僕らの要求を引け受ける身だろう。もし小さな保護が彼らのコンテンツを放出させ、デジタルメディアの潜在力を気づかせてくれるのなら、消費者の全体の利益になる。

本当の問題はこれじゃないか:DRMの程度の問題だ。明らかなように、マーケットはiPodとiTunesぐらいの保護は許容できると考えている、じゃなきゃあんな爆発的に売れていない。同じように、マーケットはソニーのデジタルミュージックプレーヤー(最近まで、MP3をサポートしていなかった)に対する保護を過剰だと考え、それを拒否したのだろう。実際、僕たちはソニーをそのバランスの取り方が間違っている事を大々的に批判した最初の一人だった。そして、僕たちのテストでは押し付けがましいDRMに出会った時、レビューにおいて減点していた。

アンチ・マイクロソフトの炎に飛び込むリスクを覚悟で、僕の個人的な例を語ろう。僕は最近家のためにMedia Center 2005 PCをTV/ビデオ/音楽/写真のサーバーセンターに使おうと思って買った--ステロイド問題のためのDVR(Digital Video Recorder)のためだ。今のところ最高に気に入っている。これは調査のためにつかっている、見た目は普通のPCを使う為に普通のPCだ、そしてExtendersと呼ばれる細いボックスか各TVにあるXboxでコンテンツをストリームする。これは、DVDをネットワークでストリームできなかったり、DivXをサポートしていなかったりと、いくつかのDRMの制限があるが、僕の邪魔をすることはない。

DRMフリーのオープンソースのメディアサーバーをなぜ導入しなかったかを不思議がるもいるかもしれない、例えば代わりとしてMythTVのように。答えは、ただ僕は面倒くさいのが嫌だからだ。もっと言うと、僕の奥さんが本当に面倒くさいのが嫌だからだ。Media Centerは素晴らしい働きをする、簡単に使えて、新しいPCが必要であってことも含めると他のDVRの選択肢より安かったからだ。僕は魂を売ってしまったのか?違う、ただ僕は人生をちょびっとだけ豊かにしてくれるクールなテクノロジーを手に入れただけだ。現実世界では、それは勝ちに含まれる。

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2005年6月25日 (土)

コネクトされた図書館がテールを伸ばす

shelves_1-1とってもwiredな図書館員のMarylaine Blockは素晴らしい例について書いている。僕は彼女に図書館が本屋とどう違うのかという見解を得るために質問した。結局の所、表面上は両者とも同様の欠乏という問題に直面しているようだ:制限された棚のスペースと予算と地元の要求に答えることによる地理的な制約。結果的に図書館もヒットによって成り立っているのか?

答えはノーだ。なぜなら図書館(特に大学の図書館)は大きく変化したからだ。彼らは共有されたデーターベースと図書館間の貸与ネットワークで大きく結ばれてきているからだ。よって、彼らは自分たちのコレクションをスーパーコレクションに効果的に棚を引き延ばすができ、どの単一の機関よりテールの深くまでいくことができる。別の言い方をすると、ネットワークは個々の図書館をバーチャルなロングテールアグリゲーター(凝集させるもの)に変える事が出来る。

Marylaineはこう説明する:

解決策は現場から離れた(しかしアクセスできる)在庫と関係している、マイクロフィルム、そして共同体的購買、そしてストレージ。面白いプロジェクトとしてCIC(上から大きい大学10校とシカゴ大学)があり、在庫の調整を共有しています。

さらに、多くの大学が独自の所有物をデジタル化し、オンラインで入手できるようにしています。例えば、コーネル大学とミシガン大学The Making of Americaプロジェクトをみてください;Open Archives Initiativeプロトコルを使って見て、検索したいのなら、OAIsterに行ってみて下さい。最も豊富なものは、もちろん議会図書館のAmerican Memoryプロジェクトです。

OCLC(と同様の共有カタログ化のユーティリティーのResearch Libraries Group)のおかげで、現在世界中の図書館はお互いの保有本をわかっています。図書館間の貸し借りが驚異的に増えただけではなく、図書館がどの本を保有し続け、特異な知識を失わないように、どの本を安全に捨てればいいかの判断ができるようになったのです。私の図書館のシステムのように、もっと小規模の共有レベルでは、私たちはジャーナルの保有物に対して同じような方法で決断します;私たちはそれぞれの図書館がどのように保有し続けることに対してコミットしてきたか(私の図書館のルールでは、カソリック関係なら、永遠に保持し続けるというものでした)を見つけ、他の図書館がそれらのタイトルを切らしているのか、全くないのかを知る事です。

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2005年6月24日 (金)

RSS時代のブログ・デザイン

push_1休暇から帰ってもっと定期的に投稿しようと思っている時に考えていたんだけど、僕たちのオンラインでの読み方の変化に伴って、コンテンツとデザインがどのようなチャレンジに面しているかを考えてみた。君が僕と同じ様だったら、ほとんどの時間を二つのinboxで費やしている:emailとRSSフィードだ(僕はウェブベースの素晴らしいBloglinesで読んでいる)。実際、僕はブックマークをほとんど使わなくなってしまった。サイトを訪れる時には、大体の所僕のフィードからのリンクで、テキストが読むに値するかどうか確かな時だけそのサイトを訪れる。
 検索やトランザクションのような特別な場合を除いて、僕にとってウェブは興味のあるコンテンツを自動的に送ってくれるテキストと最低限のグラフィックのストリームになってしまった。メールと違うのはパーソナルでないことと返信をしなくていい事ぐらいだ。言い換えると、興味本位とルーティーンのネットサーフィンの時代は終わったかもしれないということだ。未来はもう一度Pushみたいになるかも。
 これは二つの大きい変化を示している。最初に、特筆するべきなの美学的なものの撤退だ:見た目のいいものから実践的なもの(Googleモデル)へ:パッケージ丸ごとから単一の記事への移行でもある。二つ目は、読者の振る舞いの変化だ:定期購読(サブスクリプション)の時代ではパブリシャー達は新しいコンテンツの洪水で読者を釣らなくてもいい。量より質というわけだ。一度RSS購読を勝ち取ったら、購読を解除するのにはアクティブな決断が必要だ。これにより、どんなに不定期だろうが気が利いた記事にはプレミアがつき、リターン・トラフィックを稼ぐためのランダムな小さな投稿の嵐はやりづらくなるだろう。
 もはや投稿の量で読者を無くすというリスクではなく、読者の興味を引かない投稿で読者を飽きさせるリスクのほうが重要である。僕のオリジナルの記事では、ロングテールの戦術は質の問題を考えすぎることを妨げることを議論した。そんなものは放り投げて、マーケットに選別させればいいではないかと、僕はこう説得した;いいものは有名になり、悪いものは無名のままだと。でもRSSの問題は、これはマーケットではないとうことだ。一旦、誰かが君のフィードを購読すると、ほしいのかほしくないかに関わらず全部が手に入る。
駄目なコンテンツは良質のコンテンツと同じぐらい存在している、そしてお互いに汚してしまう可能性もある。ではPushの新しいルールとは何か?Pushの入り口-パブリッシュする価値のある投稿?もしなければ、どうすればいいのか?
 僕がこの議論を喚起したのは僕の"Long Tail comment elsewhere"サイドバーで何をすればわかったからだ。ここではメインの投稿よりアップデートが頻繁になるだろう。これは僕のフィードではないので、このサイトに来た人だけが見れる。もし僕の経験が僕がこの事について話した他のブロガー達のようだったら、僕の読み物の中ですぐにマイナーなものになってしまうだろう。だからサイドバーからサイトの全体的なデザインまで、フィードに無いどのブログのコンテンツの価値は下がっている。
 現時点では僕のフィードにTypeList(サイドバーにあるもの)を加えるいい方法はないけど、Moveable Typeの連中は2005年のQ1にこの機能がつくと言っている。だからこれを作る決意には次のリスクが伴う:サイドバーを僕のフィードに入れて、何の役にも立たない簡潔な投稿でみんなを退屈がらせる、もしくはそれをフィードに加えないで、読まれないリスクを背負うか。(他の選択としてサイドバーのフィードを分離させるか、でもそうだとちょっと不格好になるし、複雑すぎる)。どっちがベストかな?

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なぜロングテールのコンテンツは違うのか

僕のお気に入りの書き手の一人チャールズ・マン(僕らのScienceの時代まで遡って)が偉大な先見性をもって、テールの下の方へ進んでいくとなぜ自然のコンテンツが変わるのかを書いている。彼はデヴィッド・フォスター ウォーレスのテレビに関する有名なエッセイ("A Supposedly Fun Thing I'll Never Do Again"で見つかる)を引用している:

TVは低俗で猥褻で頭が悪いわけではない、なぜなら視聴者が低俗で頭が悪いからだ。テレビは低俗で猥褻で頭が悪い興味の対象について人々が同じになろうとし、洗練され、美学的で高潔な興味の対象については大きく異なるようにさせる手段である。

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AUTOHORNBLOWING

adage_1





















言うまでもないが、広告産業はロングテールが驚く程強力な効果を発揮してきたいい例だ。例えばGoogleは広告主(独立し、小さいビジネスを営み、どのような広告媒体のレーダーの外にあった)と広告を売る潜在性を秘めたパブリシャー(ブログから小さいサイト、そして売れていない広告スペースを持っている大きなコンテンツ提供主まで)。平均してキーワードあたりワンクリックで数セントとセルフサービスモデルでGoogleは小さな売り上げを合わせると、たくさんのお金が成ることを証明した。

もしくは別の言い方をすると:小さな数かける巨大な数は巨大な数と等しい。

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Holy Blood, Holy Grail

holy_grailオリジナルの記事では、僕はイギリスの登山家についての"Touching the Void"の例を出した。この本はほとんど消えかかっていて、"Into Thin Air"が出版されて(Amazonの推薦のおかげで)、ロングテールの上のほうに引っ張りだした。現在Boing BoingのDavid Pescovitzがこの現象のもっといい例を見つけてくれた:

 

"僕はダン・ブラウンのダ・ヴィンチ・コードが出版された時なんとなく読んだ。僕が仲間のVann Hallに小説のことを伝えたら、彼は小説のプロットの下地が1980年台前半のノンフィクションの本のHoly Blood, Holy Grailに似ているって言ってた。数ヶ月後、ダ・ヴィンチ・コードは大ヒットした。僕はHoly Blood, Holy Grailもベストセラーリストに入っていることに気がついた。20年以上も前に出版されている本がね"

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プレスリリースの代わりに

1001thumb_1本が正式に出版されることになったよ。嬉しいけど、僕ができることといったらこれぐらいだ(本の世界では、ゴシップ・コラムが堅い記事に分類されるみたいだね)。僕を置き去りにして、ヒラリーが彼女の本で800万ドルを得たことについてのコラムはショックだった(Amazonの売り上げランキングで#880)。これはビル(#40)と比べて300万ドルしか違わないよ。あの広がりからするともっと貰ってもよかったかも?

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イノベーション・カルチャー:プレデター

predator_2先週僕は生の演習(たくさんの爆弾を思い浮かべればいい)と空中の戦争の未来の説明のためにネバダ州のNellis空軍基地で過ごした。一番興味深かったのはプレデター・プログラムの仕事に従事している人も多数含む、基地の将校達との夕食だった。プレデターは単なるクールなUAV(空爆のデモンストレーションの生映像を提供する;ジョイスティックでコントロールされるネームタグが見れるぐらいの解像度のカメラ)ではない。これは空軍の作戦の一番企業的な部分でもあり、どのようにルールに縛られた組織がイノヴェイティブなカルチャーを採用することができるかを示す驚異的な事例だ

次に示すのは将校達が格闘しているいくつかの問題だ

--今日では一人のパイロットにつき一つのプレデター。なぜ一人のパイロットにつき、たくさんのプレデターではないのか?

--今日ではパイロットは本物でなければいけない、訓練されたパイロット。彼らが何千マイルも遠くからジョイスティックとスクリーンと共に椅子に座っているのに。それは費用がかさみ、必要ないのではービデオゲームの能力で充分ではないのか。しかし空軍はパイロット文化で、無知な人を操縦させることをひどく嫌う。この壁を壊すためにはどうしたらよいか?

--戦場ではたくさんのプレデターがあるはずだが、製造が増えるに従って、swarm theoryを用いた自動操縦のものが何十から何百も増えるはず。どうやったらswarmをコントロールできるのか?(さらなる証拠はパイロットの訓練が必要でないことを示唆している)

--現在の多くのプレデターはヘルファイア・ミサイルを搭載できる。現時点ではパイロットによってマニュアルで発射されている。しかしターゲットの設定はプレデターの映像によりオペレーションコントロールセンターで行われている。そのループからなぜパイロットを排除しないのか?現在行っているように、ターゲットの破壊はオペレーションが認可でき、プレデターは独立してそれをキャッチすることができる。もしくはswarmのscenerioでは、オペレーションは例えば、あるエリアのどのような人間でも特定でき、プレデターはそれを判別し、人間の仲介なしに自分でそれを排除することができる。

--もちろん倫理的な問題が浮上している。ターゲットの隣にスクールバスがあったらどうするのか?人間のパイロットならばそのような時に拒絶できる;判断は戦場が不透明な場合切り替わる(その後の成り行きについて責任を持たなければならないが)。プレデターはそれをしない。もし悲劇が起こった時、空軍は調査委員会にどのように説明するのか。

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抗議#1

anatomy_edit3_copy"Amazonの本の売り上げの57%が店頭では置いていない本?"その数字は高くないかい?

答え:これはMITの経済学者Eric Brynjolfssonの研究 に基づく。彼の研究チームは標準のParetoの指数法則の分布をAmazonの売り上げのランクに対応させ40,000以上(平均的な本屋に置いてある本の数)の本の合計の売り上げ足し合わせた。上の研究に見られるように、彼らはとても興味深いforensic economicsの仕事をした。その方法とは尻尾の端っこの本を複数買い、売り上げのランキングがどのように変化していったかを観察し、そのランクに基づき売り上げの絶対数を抽出するというやり方だ。

しかしながら、彼らの研究は二つの事を仮定している:まずベストセラーの本の売り上げが正確であるということ;二つ目はAmazonの売り上げのランキングのアルゴリズムが正確であるということ。僕が聞いた所によると、どちらもそれほど正確ではないそうだ。多くの分析では(これみたいに)リストの上位にある商品の売り上げを差し引いている、そしてAmazonの売り上げが完璧ではないということも。もしかしたら尻尾の部分を多く見すぎている可能性もある。

アップデート;
僕はJeff Bezos(Amazon.comのCEO)とこのことについて話した。彼はオフライン上で手に入らない商品の売り上げについて確かなことはわからないみたいだ、だが推測すると25-30%ぐらいだそうだ。これはNetflixとRhapsodyの状況と一致する。これは彼らの売り上げの大きな部分で、もっとも成長している部門だ。僕はChangeThisにおける僕の論説をアップロードした。

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