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2005年7月31日 (日)

テレビ計量法(短い形)

nytmag今日、とってもとっても長いNeilsenと新しい人達の測定についてNYT Magazineの巻頭特集を、圧縮してロングテール・フィルターで読んでください:

"...一月のある日、僕はグリーンニッチ・ヴィレッジの仕事場でNielsenのCTOのBob Luffと話し、彼が何に対して怒っているのかをガジェットを次々と放り投げながら見せてくれた。Luffは現代のアメリカの家庭がデジタル動物園で、ライオンが今にも羊達と横になると見なしているように見えた:ラジオはウェブにいき、ウェブがテレビや全てのものにいき、ビデオ・オン・デマンドの方向にいき、そして(可能性の高い)iPodとプレイステーション・ポータブルにと。"テレビとメディア、"Luffは五つの別々のチャンネルにセットされたテレビの雑音の中でこう言った、"は過去五十年間で変化したより、ここ三、五年間でより大きく変化するだろう。",,,

...アメリカの平均的な家庭は一日あたり八時間一分ものテレビを観賞し、百以上のチャンネルと複数のテレビを持っている--時に別々の部屋で別々のチャンネルをつけている。業界はこの現象を視聴者の分裂と呼ぶ。かつて家族がソファーで一緒に集まっていた時代は終わりに入っている。私たちは断片化されている。もしくはArbitronのCEOスティーブ・モリスがもっと穏やかに言うように"人々は多様化している"。各年齢層、各文化層、と各人口層がメディアのパッケージをはっきりとそのメンバーのために取るというプロセスの家庭にいる。次の何年かは、この"パーソナル化"はさらに顕著になるだろう...

...この変化がテレビの視聴者にどのような意味を持つにしろ、広告主にとって別の意味がある。事実ここ数ヶ月間、一番有名どころではProcter & GambleのJim Stengelなどの大企業のエグゼクティブたちがNielsenやArbitronのような企業が視聴者のより良い情報を提供するように求めてきている。これらの広告主はアメリカ人の中で小さな層へ語りかけることについて気にしていない。視聴者が特徴的であればあるほど、そのグループの構成人に届きやすくなり、説得するためにもっと自信を持つことができる...

...Turowは今テレビとインターネットの間にはあまり違いが見られない話してくれた。また彼のペンシルバニア大学の生徒も。彼らは"The O.C."をどこでもいつでも観る--ラップトップ上、TiVoで自宅、そしてBitTorrentと呼ばれるウェブベースのファイルシェアリングプログラムで番組を交換すること(多分違法だ)によって。次の世代は近くにあるデバイスが何であれ、それで観賞したり視聴したりするという考え方に慣れているだろうとTurowは言う。間もなくして、彼の世代(50代)は未だにメディアを区分化されたものとして考えている"..."

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2005年7月28日 (木)

主流メディアのメルトダウン

apocalypse終焉論の精神で、ここに主流メディアの形とその流行をリストアップする。どう思うか見てくれ。

平行推移、下降か下降気味:

音楽去年の売り上げはピークの1999年に比べると21%減った
テレビネットワークTVの視聴者数は1985年の三分の一に減っている
ラジオ聴取者数は27年間で最低だ
新聞発行部数は1987年がピークで、没落は加速している
雑誌全発行部数は2000年がピークで現在では1994年レベルだ(いくつかのプレミアタイトルはこの現象に逆らっているけどね!)
経済全体の成長からすると売り上げは落ちている

上昇

映画2004年はまった記録を更新した年だった、映画館DVD両方で
ビデオゲームこの世代のコンソール最後の年にも関わらず、売り上げは新記録を樹立した
ウェブオンライン広告の今年30%伸び、100億ドルを突破する(全広告の5.4%)

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バラエティーの経済学

icecreamこれはロングテールは需要を増大させるのかそれともシフトさせるだけなのかという今行っている短いFAQで湧いてきた問題を掘り下げるものだ。オンラインのリテーラーから手に入る膨大なデータによる定量的な仕事の一つの目的は質問に対して統計的に答えることだ;その間は、ここにアカデミック・バックグラウンドを載せておく。

たくさんのバラエティーは必ずしもそれ自身で需要を呼び起こすとは限らない
。実際、いくつかの研究が示している通り、人々は選択肢がたくさんありすぎると困惑してしまい、実際は買い控える、これはBarry Schwartzの"Tyranny of Choice"議論に引用された24 kinds of jam exampleの通りだ。Amazonはこの解決策の一つとして商品についての情報を足すことにし、これには単純な"売上高によるランク"からもっと詳細なカスタマーレビューやレーティングまで含まれ、混乱から消費者を助け、確信を持って買うことを後押ししてくれる。(僕の前のポスト、多様性は充分ではないを見てくれ。)

でもついでに言うと、僕らはみんなバラエティーが増え、物事を見つけるより良い方法がある時には、人々はもっと消費するようになる例を知っている。例えば僕はナップスターが僕の新しい音楽を発見したいという興味を呼び起こしてくれ、Rhapsodyによってもっと簡単に(そして合法的に)引き継ぎ、おそらく僕の音楽の消費量を倍にした。僕はアマゾンのセレクションによって、よりたくさん本(と他のものを)を買っている。そして僕の家族は明らかにNetflixによってもっとDVDを観ている。

白いイヤホンをつけているニューヨーカーは間違いなくiPodを持つ前より音楽を聴いてるだろう、一世代前のウォークマンによる効果を引き継いで。でも彼らは同じようにもっと音楽を買っているのか?ハードの数は残念ながら決定的ではない。二月まで、アップルは1,000万ものiPod2億5000万もの楽曲をiTunesで売った、これは平均してiPod一台あたり25曲で、iTunes Music Storeがビジネスを開始した二年間に渡って二枚分のCD未満の値段にしかすぎない。これは感心したものではない。

多分彼らはただCDを買ってリッピングしているのかもしれない。もしくはもっとダウンロードしているのかもしれないけど、それに対してお金を払っていない。この業界の研究は全般的に残念ながら決定的ではない。RIAAはCDの出荷数は減っていると言っているが、Soundscanは出荷しているものに関してはもっと売っていると言っている(この混乱ぶりをさらに知りたければKenseiを見てくれ)。

音楽だけがこのような混乱状態ではない。本でも、ここ十年間全体的な本の売り上げは鈍っている、アマゾン(マーケットの10%に相当する)が台頭してきたにも拘らず。その間、ここ十年間のアメリカ人のエンターテイメントに対する消費はコンスタントに5-6%で保っている、エンターテイメントの選択が爆発的に増えたにも拘らず。

実際、入手可能なものが増える程、売り上げが上がるという一般的な推測があるが、それが本当だと証明する統計的な研究はほとんどない、特に大量生産品の製品だと。しかしながら、小さい数の商品の消費者の心理研究は選択肢が意味があると、たくさん入手可能なものがある方がいい--ほしいものを見つけやすくなるか、最低でも気まぐれで何かがあなたの中でヒットする。

注文に応じて一つか二つヨーグルトのフレイバーを増やすことによる効果などの研究は少なからずあり、実際に売り上げは増えている。"多ければ多いほど良い"の研究でもっと知られているものではBrown, ReadとSummerの"The Lure of Choice"という論文で、銀行、ナイトクラブとカジノの実験を行い、消費者が他の選択肢に付随している時よりもっと選択肢を増やしたことを示した。

同じように、Malcom Gladwellはスパゲッティーのソースの競争相手がどうなるかというケーススタディーに注目して、Pregoに理想のソースを作るより、多様性を大事にしたほうが良いことを学ばせ--ずんぐりした、ホームメード、スパイシーなもの--複数のニッチソースによってマーケットを拡大した方が良いと。一部はよりたくさんのバラエティーを紹介するためで、消費者が知らなかったチョイスも選ぶ王に鳴り、スパゲッティー・ソースはドレッシングとソース・マーケットの中の成長中のトップ6カテゴリーの一つだ。

でもこれら全てはは何にもないよりいくつかのチョイスがあった方が良いと言っているに過ぎない。アマゾン、Netflix、iTunesの世界で起こっていることは全く別の現象だ:3つのヒットが30のヒットにいくだけではなく、300のヒットが300,000のニッチにいっているということだ。これはたった数年前からの新しい効果で定量化するためにこれらの企業について研究している。入手可能なバラエティーの増加とそれを探すいい方法は需要をニッチにシフトさせるだけではなくて、同時に需要を増やしていて、より高い満足度へとつながる、という効果があると信じている。でもデータがそれを証明しなければならない。

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2005年7月27日 (水)

FAQ:ロングテールは需要を増大させるのか、それともシフトさせるだけか?

ロングテールはパイを大きくするのか、それとも単純にその切り方を変えるのか?他の言葉でいうと、入手できる商品の数がバーチャルリテーラーの無限の棚スペース何層にも増大するにつれ、それにより人々はもっと商品を買うようになるのか単に人気の少ない商品を買うようになるのか?たくさんの読者がこれを聞いてきて、ロングテールは最大でも需要をシフトさせるだけだ、なぜなら消費者はコンテンツを楽しむ余計な時間もないし、それを払う余計なお金もないからだと。

僕はこれについて多少は豊富性の経済学の議論でも触れてきて、人々の注意力の希少性は実際需要にとっては限界ファクターだと。でも一般的に言うと、答えは場所による:いく人かはニッチが幅広く入手可能になることで成長の大きなチャンスだと見るが、他の人達はそう見ないだろう。

人間の注意力と購買力には限度があるのは承知で、君の時間とお金でもっと手に入れることができる。ある種のエンターテイメントの形、音楽のように、は"張り合わない(non-rivalrous)く、君が他の何かをやっている間に消費できるものだ。例えば、七十年代と八十年代におけるテレビ視聴の増大はバックグラウンドでテレビが流れていることに慣れてしまった世代だから起こった;目新しいものが張り合うものから張り合わないものへとかすれていき、より多く消費するようになった。

文章のような他のメディアはより良い事前のセレクションにより、より効率的、高品質で消費できる。実際、僕らが情報のバンド幅の消費の増大が可能にしたものは大きい、素早く読み込むGoogleの検索結果とカスタム化されたRSSフィード。僕は以前読んでいた量より少ないかもしれないけど、僕にとってはより意味があるものとなった、より良いフィルター(僕の興味によりしっくりくる、例えばニューヨークタイムズの編集者より)が事前に僕が読むものをセレクトしてくれるおかげで。よって言葉はより関連性を帯び、僕の意味あるバンド幅は増加している;僕はある意味人間の注意力を圧縮したんだ。

でも浪費できる収入の希少性と時間の希少性を組み合わせたら、張り合わなかったメディアのいくつかが張り合うようになるかもしれない。人々のバックグラウンドでテレビの電源が入っている理由はそれにはお金がかからないからだ。でももし、それがペイ・パー・ビュービデオだったら、それはすぐさま人々の注意の中心になることは間違いない。そうなるとロングテールの利害のなんでも食べれるサブスクリプション・サービスを好む。コストがかからなければもっと消費するようになる傾向がある。

よって、最終結果は:人間の注目はお金より拡張可能だ。ロングテールの一次効果は僕らの好みをニッチにシフトさせることだけど、僕らが見つけるものに満足している限り、それにもっとお金をつぎ込むだろう。僕らは特権のためにもっと払う必要はないだろう。それが誰かのビジネスモデルを台無しにしないことを祈っている。

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ロバート・X・クリンジリー、ロングテーラー

cringleyマーク・スティーブンス、またの名をTriumph of the Nerdsで有名なロバート・X・クリンジリー、はPBSの仕事をしており、内部からテレビが再発明の段階に熟していることを良く知っている。彼の先週のコラムはロングテールの一点の曇りもないケースを紹介する逸品だった。部分的に抜き取らせてもらうと:

テッド・ターナーは知的財産権を盗むことによって億万長者になった。彼はアトランタのテレビ市場からGilligan's Islandの再放送権を買って、それをケーブルを通り越して全米から観られる衛生から彼のWTBSシグナルを流した。契約は特に彼がそれを行って良いかどうかという言及がなかったが、それは単に番組の売り手がそれに対する知識がなかっただけにすぎない。彼らにその価値は見えなかった、それはCBSが"I Love Lucy"の再放送権に価値が無いと観て、Desi Arnazの手に渡らせてしまったことと一緒だ。ターナーはまたテレビ番組だけでなく映画の再放送権の価値も見いだしていた。彼はMGMの映画スタジオ買ったのは、まずその古い映画のライブラリーのためで、僕ら残りが気づく遥か前にその汚れたセルロイドに金が眠っていると気づいていた。

ターナーとArnazの話は他にたくさんあるけど、そのアイデアをもっと現代的に意味のあるコンテクストに置き換えてみよう--pbs.org。このサイトのもっとも人気のあるページのいくつかははもはやPBSが放送権を持たないものだ。僕自身の"Triumph of the Nerds"はそのカテゴリーに入っている。PBSがもうそのドキュメンタリーを流さないにも関わらず、世界中から何千人もの人達がまだこの粗末なウェブサイトを訪れる。彼らはこのサイトは使えると思っており、それが番組自身ではないのにも関わらず。そして僕はそのような継続的な価値がないと思われていたマテリアル--Lucyの再放送みたいに--に対してもオーディエンスがいるっていうことに魅了される。

少ないながらも、どの番組に対しても視聴者はいる。僕らがしなければいけないことはそれらの番組を保っていくコストを見にくる人々から来る利益より少なくしなければいけないことだ。それがブロックバスタービデオの経済につながる。

ブロックバスターかどのビデオレンタル店でも同じビジネスモデルが働く。最初の三、四週間では一つの映画を置き続けるのに週10ドルかかるが、その後は週0.50ドルだ。ほとんどの利用者は新しいレンタルビデオを借りていくが、それらは一ヶ月後にはもう新しいものではない。その時点で、ある部分は売られ、数品はそれを借りようとする利用者のために残される。ニューリリースとアーカイブのレンタルは全然違うが、互いに補完しあっている。テレビではしかしながら、僕らは同じように効率的ではない。PBSはニューリリースとアーカイブのものをサポートするべく五年間放送できるような権利を買っているが、ほとんどの番組は最初に放送された後、残りの時間ではほとんど放送されない。なぜならブロードキャストの配信ネットワークは少人数の視聴者のためには効率的ではないからだ。

それから彼はPBSのようなテレビのブロードキャスターがこれに対して活動するべきかを記述している。充分読む価値がある(彼がなぜだかロングテールの名前のチェックを避けているような気がするけど!)。

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なんてこったい、べき乗法則だらけじゃないか!

そうだ、どこを見てもべき乗法則を見いだせる。それはバラエティーと不平等の避けられない既決で、両者とも自然の力だ--人間だろうとなんだろうと。僕のロングテールの仕事でみんなが急勾配の左("ヒット")側から注目を切り替えて、細長い右側が伸び続けていることに気づいてくれて嬉しい。でも僕はこれをべき乗法則ブログに切り替えることに抵抗する、Clary Shirkyのドメインみたいになってしまうしね。

そうは言ったけど、"これが会話と関係性のロングテールか?"と問いかける、Alex Barnettのこれをポストすることに抵抗できそうにない。

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このデータはメリーランド大学のHCIラボ論文からで、45,000件のメッセージと4,000の関係性を越える、ある15歳の個人のeメールのアーカイヴを分析したものだ。

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ロングテールのデザイン

design_1僕がチェックしてるとってもいいインダストリアルデザインのブログ、IDFuelを運営しているDomic MurenはニッチのためのデザインをLT(ロングテール)に適応している。彼はデザインと商品を売ることを市場の”ボディー”と呼びテールの特別なリテーラーと区別している(マスマーケットを記述するのに不幸な言葉で、人々が本当にボディーのためのデザインをする彼の世界でも混乱を呼んでいる)、。

”ボディーのためにデザインすることはファッションについてデザインすることで、ライセンス、テレビ/印刷物のプロモーションなど。マスマーケットのためのデザインで、ターゲットはウォルマート、ビッグボックスストアなどだ。売り上げは凄まじいが、線香花火のように無くなってしまい、次のブームにのってかわられる。また恐ろしいほど細心の注意が必要だ...ロングテールは他の人達がしない献身的なある海のユーザーのポケットを作ることで、みんなにフィットする大量の同じの茶色のチノをつくることではない。

専門のリテールのロングテールが存在する前は、マーケットのボディーのための保守的なデザインするしかなかった。できるだけみんなが着れるような安全なデザインしかできなかった。ターゲットを限定したイノヴェイティブなデザインがもっとたくさん売る場所がある今では、もっとエキサイティングでいることができる。Uglydollみたいに--ここではオンラインと通常ない場所でのセールによるロングテールの配給があることによって始めて可能になったコンセプトだ、シカゴのCB2みたいに。

これがロングテールが本当に意味するものだ:自由、使い古されたものの焼き直しと最新のブロックバスター映画によって再ブランド化された古いデザインからの自由。自分の理想を最大公約数の価値観から下げてしまうことに対する自由。君が本当に意味があると思っているものをデザインする自由。なぜならそれが誰かに意味をなすとしたら、テールはコネクトする。

これはVirgina Postrelのバラエティー()と芸術的なデザイン、はそれぞれ彼女の次の本とこの前の本の主題、にぴったり当てはまる。

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2005年7月26日 (火)

リアリティー・チェック

Huge Macleod(gapingvoid)が警告的な見方を提供している:
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マーク・キューバン、ロングテーラー

cuban高名なバスケットボールのチームのオーナーの億万長者、マーク・キューバンは度々過小評価されている。多分彼がバブル期に財産ドットコム企業を別のドットコム企業に売ったことで得ているからだろう。もしくは彼のボーイッシュな髪型とマーベリクスの試合でのこっかいな動きからくる、男の子のペルソナだろう。でも人間としては、マークはスマートでいい意味でオタクで、ほとんどの話題で正しい意見を持っている。だから僕らはXeni Jardinの素晴らしい記事で、今朝入手できる今月のWiredに彼を特集した。

ここにマーク・キューバンがなぜ今日のロングテールのヒーローなのかという理由を上げる:

1. 彼はデジタル上映用に彼が所有する全てのLandmark映画を改造している。これは映画館に映画を上映するコストを劇的に引き下げ、上映の質を引き上げるだけではなく、同時に配給チャンネルを、アセテートのデカいロールをプリントしてトラックでそこら中運ぶことのできないインディペンデントな人達に開く。
2. 彼はコンテンツを試運転し配信することにより、正しい方向にHDTVをプロモートしている
3. 彼はGrokster擁護派を財政的支援している
4. 彼は本物のブロガーだ、欠点も何もかも含めて
5. 彼はブロードキャストを使わないと言っている。
6. 彼はテレビを再発明するアイデアを十年前に持っていて、彼の仕事はYahoo!の素晴らしいビデオサーチミュージック・ビデオサービスで生き続けている。
7. 彼はRIAAを信じていない
8. 彼はイラクの選挙をライブ、HDで報道するためにチームを送った。
9. 彼は成功しているリアリティーTV番組を持っている。
10. 彼は本当にロングテールを理解している:"人気のあるものはただ人気があるんだ。僕の予測では絶対数ではダウンロード配信のロングテール上回ると思う、曲数とダウンロードされた曲数両方でね、著作権のある曲の違法ダウンロード数を倒すだろう。”

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Groksterの件のサイレント・マジョリティー

LA Timesからop-edにロングテールの視点からGroksterの件を書いてくれと言われた。僕が思うに今のところ、この議論で失われている一つの要素はこれは単なる企業対消費者ではないという認識だ。新しいアマチュアのクリエイティブなクラス、"プロアマ"、はテールの深いところに広く分布していて、目下攻撃にあっている配信技術を頼っていて、もし最高裁がMGMの側にたってP2Pネットワークを警察に関わることにしたら敗者になるかもしれない。

二十年前、かの有名なベータマックスの件はVCRを保護する前例となった、その時は消費者対スタジオとレコード・レーベルだった。でも今は同等に重要なサード・パーティーがいる:クリエイティブ・アマチュアだ - 君や僕のようなただ単に消費するだけではなく、コンテンツを制作したりする。そして彼らはGroksterと新しい配信ネットワークの並外れたパワーの立場に立っている。

全てを読むにはここへ。

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2005年7月24日 (日)

ロングテールのマイクロ構造

このポストでは僕はソーシャルネットワーク論、富の分配、そして気体における原子の振る舞いとギャングスタ・ラップを結びつける無理な定義の離れ業を試みようと思う。一致はプラスになる。

僕のEtechでのスピーチでは、本で答えられたらいいなぁと思ってロングテールに関する興味深い経済の質問をリストした。そのうちの一つはLTが"フラクタルな次元"を持っているかどうかということだ、僕は人気度曲線の形状がたくさんのニッチに関しても全体の曲線と同じだと触れた。このような特徴がある関数はマルチプル・スケールで自己同一性を表示すると言われる。僕は実際たくさんの業界で当てはまると推測して、ロングテールは実際たくさんの"ミニテール"(下)でできており、それを足すことによって、僕らがよく知っているべき乗法則("パレート")の形状を形成すると。
minitails_2
これは重要だ、なぜならとても効果的なネットワーク効果(ウィルスみたいな口コミ)レコメンデーション・システムがテールの下に需要を動かすのに必要不可欠だと言うこと、その逆;すなわちヒット/ニッチの不均衡をアンプリファイしてテールの上への需要を推移させる、ではないことを説明するからである。説明はニッチとマスマーケットの間の半透明の細胞膜に位置していると思う。人気はマルチプル・スケールに存在しており、小集団を支配することで女王になれるわけではない。

もちろん例えば、ドラムンベースの人気度カーブにおいて最も有名なドラムンベースアーティストになることができるだろうけど、それは50セントをトップ10から叩きだすという意味ではない。音楽は何千ものミクロマーケットでできていて、ミニチュアのエコシステムで全体のランキングで一緒にぐちゃぐちゃにしたら一つのロングテールみたいになる。でももっと近づいてみるとそれぞれが自前のヘッドとテールを持っている。

僕の疑問はこれらのミニテールはロングテールを顕微鏡で見た時の写しなのか、それとも違う形状なのか。(間違いなくこれはニッチのサイズに依存しているけど、僕はnが充分大きく統計的に特徴的な比較的安定しているものにフォーカスしている)。

これは意味ある疑問だ。Ducan WattsAlbert-Laszlo Barabasiの"small worlds"についての研究は ブロードキャストに近い関係からナローキャスト、そして多面的になるに従ってグループの大きさが小さくなるにつれ小さいソーシャルネットワークでのミクロ構造は大きいものと比べてはっきりと違うということを推測している。それは違う人気度のカーブへつながるはずで、ソーシャルネットワーク理論は実際ロングテールの形状へ適応できるということだ(やらなければいけないリストさらなるリサーチ)。

僕はまだデータを集めてこれを実験的に証明しようとしているけど、僕の探索中にパレートの法則で最も知られている富みについての考察で新しい"econophysics"についての魅力的なNew Scientistの記事へ行き着いた(Julian Bondのおかげで)。これは何で僕らが二つの経済クラスを持つのか、富めるものはさらに富み一方、貧乏人は貧乏のままでいるのかという疑問だ:

1897年に、パリで生まれたエンジニアのヴィルフレド・パレートはヨーロッパでの富の分布は簡単なべき乗法則のパターンに従うことを示した、これは本質的に大金持ちが国の富のほとんどを持っていたことを意味していた(New Scientist, 10 August 2000, p 22)。経済学者は後にこの法則は大金持ちだけに適応でき、富が残りにどのように分配されるのかは示されいないと気づいた。

pareto_wealth_2今は金持ちがパレートの法則に従うと示された一方、残りのマジョリティーは全く違う法則に支配されている。メリーランド大学カレッジパーク校の物理学者のVictor Yakovenkoとその同僚らは1983から2001年までのUS Internal Revenue Serviceから収入のデータを分析した。彼らは超金持ち-人口の約3%-の収入の分布はパレートの法則に従っていた一方、残りの97%は違うカーブ-気体のエネルギーの散らばりも記述できる--を描いていた(右の図)。

気体モデルでは、人々はランダムな相互作用でお金を交換する、原子が衝突した時にエネルギーを交換するのと同じように。経済学者が伝統的に人間を常に賢い選択をする合理的な生き物だと見なす一方、econophysicistは大きいシステムでは個々人の振る舞いはあまりにたくさんのファクターに影響されるので、全体の結果はランダムで、人々を気体中の原子と同じように扱うことに意味がある...原子は熱平衡にある時、指数関数的なエネルギー分布を示し、この状態から気体を追い出すには大きなエネルギーを要する。経済を別の状態へもっていくのは同じように難しいことを証明しているのかもしれない。

基本的に、貧乏でいることで厳しいことは金持ちになるための時間がない。同じようなことがテールの端の苦しんでいるアーティストにも言えるだろうか?僕は需要はテールの下にシフトして、質はほとんど制限無しに上昇することができると予測した。でも、実際この平等主義的な動きやすさはもう通用しない分かれ目があるかもしれない。

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テレビを救うには

testpatternこのブログをラディカルな変化の苦しみ中の全てのメディアとエンターテイメントを含む現在進行形の年代記へすることは簡単だろう。それならどうしようもない数の例を日々アップデートするだけになるだろう。ご存知の通り、ラディカルな変化はロングテールについても強い影響を持っている。伝統的なメディアとエンターテイメントのビジネスモデルが行き詰まると同時に、ヒット製造機の配給と何百万ものニッチの間に立ちふさがる障壁も行き詰まっている。

僕はそのような年代表みたいにならないようにするけど、他のところでそれらの情報は得られるのと僕は本を書かなければいけない。でも例外的に、そこら中にある証拠の数々が僕をはっきりしたものを書かなければいけないことを強制する:僕らがある時代の終わりにおり、ルールが全然違う別の時代に入っているところだということを。

もっとも良い例はテレビで、ロングテールの力のスイートスポットになっている。だから今日、例外の一つとしてテレビがロングテールの機会を見る上で最初の場所だと言うのを説明させてくれ。なぜなら:

・テレビは他のどんなメディアやエンターテイメント産業よりコンテンツを作っている。推定で毎年3,100万時間ものオリジナルのテレビコンテンツが作られている。それはラジオに比べてそんなに多くないが、ほとんどのラジオが他で手に入るチャットかレコードされた音楽なので、同じ分類はできない。それに加えて、1億1500万ものデジタルビデオテープが毎年個人用のビデオカメラのために売れている。

・それらのうち君が入手できるのはわずかだ。まず、平均的なアメリカの過程はテレビの100チャンネルを観れる。たくさんだと思えるかもしれないけど、毎年876,000時間ものビデオのブロードキャストで、ブロードキャスト用に作られる商業的なビデオの3%にも満たない。

・さらに悪いことに、DVRを家庭が持たない限り(アメリカの家庭の4-5%しか持っていない)、そして誰かが自由時間で番組をリストしない限り、実質的に全てのテレビを見逃すことになる。テレビを一回見逃すと、ほとんどどっかいってしまう。シンジケートされるのはごくわずかで、さらにごくわずかがDVDになる。

・よって作られるコンテンツ対入手可能なコンテンツの比は僕の見てきたどの業界より大きい。他の業界はもっとコンテンツを作っているかもしれないけど--例として印刷業界--もっと入手可能だ(Googleを見てごらん)。テレビだけがプレミアムのコンテンツを使い捨てのように扱う。実際、多くがそのように扱われている。でも全てが日の目を見たあと、効果的に捨てられるわけではない。

・ロングテールの潜在力を持つ他の業界はそれらを既に承知していて、圧力を感じており、それについて何らかの手段を興じる途中(音楽、印刷業界、本、ラジオ)か、うまくやって掘り出す動機が少ない(映画、ゲーム)。テレビは逆に、役員が認めたがろうとなかろうと、危機を迎える寸前だ。その危機には次のことが含まれる:広告スキップ消える18-34の男性慢性的な視聴率下降にも関わらず広告率の上昇、そして30秒スポットの死(日曜のNYTの記事も見てくれ)。業界の僕の友達は今年の先行投資は記憶上初めてマイナスになると予測している。だったら、本当のウェイクアップ・コールになるだろう。

曲がり角の中でどのようにテレビが道を見つけられるかを考えている人達が不足しているわけではない。でも、そんなに簡単ではない。まず、ほとんどのネットワークはコンテンツを借りているだけで、コンテンツの主ではない。(Universalを十ヶ月前に買ったNBCは例外だ)。これは彼らがお金にできないということを意味している。

権利は未だに毛玉であり続けていて、特別な地域の配信の契約とシンディケーション・オプションによってさらに物事を複雑にしている(インターネットのグローバルな性質と対立する)。そして音楽がくる、これは悪夢だ。なんでCincinnatiエピソードの古いWKRPを観れないか?番組で使われた音楽をライセンスするのが難しすぎるからだ。

結論:テレビは再発明され始めている。幸運にも、それをしようとしている新しい企業がたくさんある。それらの一つがBrightcove(元Vidmark)で、その会社のCEOのJeremy Allaireは先週PC Forumで僕に簡単な報告をしてくれた。彼らは今日の本売りのように簡単に明日のビデオ・パブリシャーになるためのオープン・アクセスのビデオ・パブリシング・プラットフォームを持っている。目覚ましいね。

最後に、このポストをもっと探求したい人達のためのリンクを追加して終わる:

*BerlesmannはビデオとゲームのダウンロードのためのP2Pのプラットフォームを立ち上げた。
*ブレア・ウィッチ・プロジェクトの監督が新しいビデオ・エピソードをBitTorrentでリリースしている
*Foxは番組のいくつかを"スターター・セット"として10ドルのDVDでリリースしている。
*PSFKは他のIP TVのニュースとデータの総まとめを提供している。

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とってもクリエイティブ・コモンズ

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クリエイティブ・コモンズにとって素晴らしいニュース:

Googleによってイノベーションにおいて遅れを取ってきているYahoo!が、昨夜Creative Commons検索エンジンをリリースした。ラリー・レッシグ、CCの最高責任者(そしてWiredのコラムニスト)、は彼らとのミーティングとどのように彼らがこのように生産的になったのかについて記述している

私見だが、彼らはネットの未来について正しいヴィジョンを持っていた。なんでも届けることのできるプラットフォームの代わりにコミュニティーが発展できるためのプラットフォームだ。Flickrを手に入れたことによって、ブログ化へのステップと、このツールによってネット中にバラまかれることを歓迎するマテリアルを検索することができる、そのヴィジョンは現実になろうとし始めている。

僕はこれだけを付け加えておく;ありがとう、Yahoo!。とっても邪悪じゃない道のりだ。

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2005年7月22日 (金)

鞭としてのテール

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僕は大体ロングテールの面白いポストをサイドバーに入れておくんだけど、これはもったいなすぎるんで載せておく。
   
"僕の妻は八年間にも渡ってバーガーキングをボイコットしている。もちろん僕もバーガーキングをボイコットしてきたことになる。それは僕の妻のところにあまり良く焼けていないチキンサンドイッチが来て、店員がそれを引き取るか、別のものを持ってくることを拒否した日から続く。

でも僕らのバーガーキングのボイコットは企業の目から見れば意味ないことだ。Kelly MooneyがThe Ten Demandmentsで指摘している通り、ボイコットは"透明"だ

昔はあまりできることが少なかった。汚いコメントを残してもトラッシュの中でどっかいってしまっていた。会社に電話するか書くこともできたけど、それには努力を要するし、経験上、結果は満足からは程遠かった。

でも最近出たいくつもの記事が物事は変わったのだと認識を改めさせてくれた。上で記述したKelly Mooney自身のブログ新しいフォーブス誌のレポートを嫌われている企業トップサイトを参考にしている。とっても楽しませてくれる読み物だ。
注意:あまり関係ない企業について他の人の不平を聞いて時間を無駄にするかもしれない。それは単に面白いからだ。

僕は、ロングテールについてと、検索エンジンを使うことによってある特定の企業に対する文句のニッチへ辿り着くための、Lawlerの法則についての記事も目を通し...

多分これはでかい池で小さい魚でいることと小さな池ででかい魚でいることの違いなんだろう。もし"YourCompanySucks.com”のウェブサイトがGoogleのランキングで企業自身のランクより高かったら、天国が手助けしてくれる。小さい池はでかくなる方法がある...早くね。

宿題用のメッセージ?君の会社で悪い体験が花開くことは堪えられない。消費者は以前に比べて企業に闘うための最大の兵器庫を持っている。もし君らが悪い体験が活況することを許したら、ロングテールは君を引っ叩き、君を無意識に叩くだろう。"

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2005年7月21日 (木)

ロングテールVS.ピラミッドの底辺

一月、僕はインドで一週間過ごし、その目的の一つはC.K.プラハラードの"ピラミッドの底辺"論をはっきりさせるためだ、これは色々な点でロングテールに似ている。両者は同じなのか?

前のポストで触れたようにネクスト・マーケット「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略はロングテール同様、経済限界下のマーケットを効率的に解決するための方法を見つけるという内容だ。この場合、プラハラードはどのように商品やサービスを世界の40億人の貧乏人に利益を上げながら売るのかという話をしている。ダイアグラムで表示すると、彼が解決策を話しているのは下のようなものだ:
bop_3
ピラミッドの底辺はロングテールか?もしそうなら、次の描く別のやり方にすぎないのか?
tail
その類似性に注目したい。両方の理論とも経済と物理的な配信(配給)の障壁さえ乗り越えれば、巨大な以前は無視されていたマーケットに届く。両者とも何百万もの小さな売り上げが、集約することによって、大きい利益に匹敵することができると認識している。そして両者とも商品とサービスのコストを下げて、利益を維持しながら、それらをより安く提供できる方法にフォーカスしている。

でもインドへ旅してこれについて頭をすっきりさせたにも関わらず、僕は両者の間には基本的に対応し合わない本質的な違いがあると考えている。

ピラミッドの底辺(BOP; The Bottom of Pyramid)は本質的にコモディティー化を前提に議論されている。現存する商品とサービスで一桁か二桁安く提供する、これは理想的に買うほうにも作る方もだ。特徴的に、商品の数を必要最低限なぐらい少なくして、巨大なスケールで提供する事だ。

これには次の事柄が要求される:1)最安値;2)最小限の中間コスト(これには消耗品とパッケージングを最小限に引き下げなければいけない);3)サービスを"低スキル化"させて、非専門家でも提供できるようにする;4)現地の企業家を使う。

標準的な例は1セントの使い捨てシャンプーの小袋で、他にはGrameen電話(電話の値段をローンとし、それを村に一分単位で売ることができる)、インドでトップセラーになった6ドルのサイズを調整できるジーンズ・キット(ここで本にインスパイアした記事が見れる)など。

僕は高いCATスキャンとX線機器を24-7時に稼働し、高いフィルムの代わりにデジタル・イメージ化をすることによって100倍も効率的に使用し、先進の医療を貧乏な人達に提供する病院を訪問した。低スキルの技術者が患者の体にセンサーを取り付け、高スキルの医者が結果を都市からコミュニケーション・リンクを通じてリアルタイムで判断する、遠くの村に高品質の診察をしている話などを聞いた。

これらのケース全てで、BOPモデルは単一の商品かサービスを安くすることで、より幅広い、貧乏なマーケットに提供することにフォーカスしている。だから僕は本質的にBOPはコモディティー化だと思うんだ。

ロングテールは逆にニッチ化についてだ。さらに安い知られた支配者を生み出す方法の代わりに、ロングテールは以前はマスマーケットによって陰とされていた、趣味と需要の無限の多様性をキャピタル化する経済的に効率的な方法についてだ。人生でテールにいると思っていた人達(僕ら全てを含む)はヘッドにいる人達に比べて貧乏ではない。実際、洗練された趣味によってテールの下に行き着く、全てに対応するもの(one-size-fits-all)では手に入らない質を求めて。時にそれらに対してプレミアを払わなければいけない事が多い。ロングテールは実際、コモディティー化とは真逆に位置している。

よってロングテールは何百万ものニッチのための場所だ。ピラミッドの底辺はさらにマスになるマスマーケットのための場所だ。両者ともよりたくさんの人に届くようにコストを安くしているけど、異なる理由のために異なる方法で行われる。両者は捕捉し合う力だが本質的に、アプローチ法と目的が違う。一見同じらしい理論の謎:解決された。

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2005年7月19日 (火)

EXPLODING RADIO Ⅱ

radio2今週はラジオが崩壊するような変貌の途中の業界だという証拠を叩き付けた。大きいニュースとしてViacomが問題のInfinityラジオ部門を含むブロードキャスティング側を分割する計画であるというのが上げられる。でもその他に僕らが知ってたラジオが変化する間際だということを示す小さいシグナルが一杯あった。例えば:

*ArbitronとcomScore Media Metrixが一月のオンライン・ラジオのレーティングを発表して、初めてLive365が含まれた。Yahoo!Music、AOLとMSNに続いて、この四つのストリーミング・ラジオ・サイトは現在一週間あたり500万人近い聴取者がいる。ただたくさんいるというだけでなく(もし僕がここの"persons using radio data"のデータを正しく読み取っているなら)、インターネット・ラジオのトップ・サイトはどのアメリカのラジオ局より聴取者がいるということだ。

*WSJ(ウォールストリート・ジャーナル)は今までのタイトなプレイリストの流行が今ラジオ局がもっと音楽を流している状況に逆転しているのか、の素晴らしい記事(僕が推測するには僕らのカヴァー記事にインスパイアされたもの)があった。聴取者が何十年ぶりに低い今では、彼らはマーケティング・リサーチを用いて完璧なトップ40を選ぶ事で聴取者を引き止めようとする試みは失敗に終わった。その代わり、多くのラジオ局はもっと折衷的なもの、時にはiPodみたいなミックスを、をプレイするようになった。彼らはまた、今は多くのラジオ局で一時間のうち22分を占めている広告を削り始めてる。

その一方、たくさんの興味深いExploding Radioのコメントと分析が今週ウェブ中にあった:

*優秀な証券アナリストのBarry RitholtzはWSJの記事に面白い見方を付け加えた:

僕が欠けてたと思ったのは長期間の世代効果と、そのラジオの回復への脅威だ:1996年から、ラジオの崩壊は実質的にラジオをまったく聴かない(少なくても音楽に関しては)世代の聴取者を生んだ。

もう一つの重要な問題:新しい音楽の情報源としてのラジオと、それらのレーベルとの関係。これは以前は引きつけ合うもの同士だった--君の好きな音楽と共に新しい曲を紹介する信頼されたDJとの関係だ。

*Technology Liberation Frontはクリア・チャンネルのラジオ独占の懸念がいかに勘違いされているかを示す素晴らしい分析がある。またFCCから素晴らしい(そして勇気づけられる)新しい白書についても指摘してる

"伝統的なブロードキャスティングを規制するためのScarcity Rationaleは賞味期限切れ"。Federal Communications Comissionsからの衝撃的な白書はこのように始まる。白書では、"The Scarcity Rationale for Regulating Traditional Broadcasting: An Idea Whose Time Has Passed"の著者のJohn Beresford、FCCのメディア官僚も兼任する法律家、は合衆国を七十年間支配してきた周波数&ブロードキャストの法律のScarcity Rationaleに対する破壊的なケースを描いている。

*The Pew Internet Projectは去年初めて、政治ニュースのソースとしてインターネットがラジオを上回ったことを見つけたレポートを発表した。

*NPRの"Here and Now"ショウは僕らの号を元にしてexploding radioについての一場面を持った(僕がゲストだった)。ここで聴ける。

*Fred Wilson、ラジオの未来について最高の分析を書いてきたNYCのVC、は僕のラジオが"やばいことになってきた"という軽い評価に同意しないとのことだ。二つの回答:1)僕は"みんなが知ってるラジオ(radio as we know it)"という意味だった
2)あれは"終焉論"だ--没落を誇張している--で、それはオッケーなんだ

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80:20...CRACKED!

君らのスマートで内容のあるコメントのおかげで、僕の80:20の考え方の問題点の源を発見できた。僕はバカだ。君らの多くが親切に僕を正しい方向に向かわせてくれた中、Jakob Neilsen(comment 15)が指摘してくれた。僕はなぜだか80と20が別の物のパーセンテージでなければいけないことを忘れていた。

便利な定義は20%の商品が80%の収入を埋めるということだ。でも僕がこれが50:50の法則に移行するだろうと持ちかけた時--未来のマーケットではお金の分布がヒットとニッチの間で大雑把に均衡する--僕は定義を変えたい。新しい形式では、両方が収入についてだ。Doh!

君らの多くがくれたいいアドバイスはあんまり80:20を真剣に考えすぎないことだ。ロングテールの力はユニヴァーサルな共感とわかりやすさにあるのであって、数字の絶対的な正確性にあるわけではないからだ。それを頭に入れて、書き続けるよ、そしてこれについてすっきりさせてくれたみんなに感謝をする。

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ETECHの要約

etech今年のEtechは今までの中で最高だったと僕は思った。ハイライトはダニエル・ヒリスがいるApplied Mindsでの幻想的なワークショップのヴァーチャル・ツアーから、ジョージ・ダイソンのジョン.フォイ・ノイマンの世界でのオタクの歴史から、Clay Shirkyの衝撃的な分類学の分解から、ローレンス・レッシグのリミックス・カルチャーを加速させるためのインスピレーションを起こさせる呼びかけにまで及ぶ。

今朝、僕はロングテールの経済について話した、僕がここで取り組んできた話題だ。君たちのコメントはプレゼンを舵取りするのに驚くほど助けになった。ここでダウンロードできる。(注意:6.9MBのPowerPointファイル)。

講演の続きにオンステージでの会話をJoe Krausと行った。彼が言うにはロングテールの機会をExciteの時どのように見逃していて、彼の新しい会社のJotSpotでどのようにそれを捕まえる予定なのかという話をしてくれた。ここここここ、そして多分ここでも概要を発見できる。

他のニュースではWiredが僕らの業界のオスカーのNational Magazine AwardのGeneral Excellenceカテゴリーにノミネートされたことを報告できて嬉しく思う。四年間で三回目ということになり(二年目はスランプだったね)、僕のチーム全員を本当に誇りに思っている。

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80:20の本当の意味

vilfredo_pareto僕は"80:20の法則"を定義することに失敗した、ほとんどの他の連中ぐらい罪深いかもしれない、なぜなら僕がそう意味してほしいように解釈したからだ。パレートの原理は全ての用途に使える小道具みたいなもんだ、人間が行うこと全てに幅広く適応できる(そして、もちろんのことボーズ-アインシュタイン凝縮における原子の振る舞いもね)。でも物事をはっきりする時が来たようだ、少なくてもロングテールがこれ以上遠くにいく限りね。

この原理の一般的な説明はこうだ:"多くの現象で80%の結果は20%の原因から生じる。"(ヴィルフレッド・パレートはイタリアの人口の20%が資産の80%を所有していることに気づいた1906年に初めてこの説明をした)。

僕のオリジナルの記事では、次のように説明した:

80:20の法則は僕らの周りの至る所で見られる。メジャー・スタジオの中で20%だけがヒットになる。同じようなことがテレビ番組、ゲームとマスマーケットの本に言える - 全部で20%だ。

僕らはヒットで取り憑かれた精神構造に行き詰まっている - 僕らはもしあるものがヒットでなければ、それはお金を稼がず、製造コストを回収できないと思い込んでいた。よってウォルマートや他のメジャーの小売店に置いていないものの需要は小さいと思い込んでいた:もし人々が欲しいものなら、もちろん売られているはずだと。残りの下の80%は良くても下位商業的にすべきだと。僕らは別の言い方をすると、ヒットだけが存在に値すると思い込んでいる。

よってこのケースでは、僕は80:20を80%の収入が20%の商品から来るということを説明するために用いた。さらに、僕はヒットに取り憑かれているハリウッドのマントラを繰り返した:トップ20の映画が実質的に全ての利益を上げ、残りの下位の80%の損失を埋め合わせるということだ。このように:
8020
他の言い方をすると。もし事前にどの映画がヒットするかわかっていたら、経済的に言って、たくさん作るより上位の20%だけを作るという合理的な決断をすることになるだろう。そして実際、DVDレンタルとリテール・アウトレットが行っている事だ:彼らはどの映画がヒットしたかを事前にボックスオフィスによって知っているので、それらを大体プッシュする。結果的に、前年の劇場ヒット作が大きいビデオ店ですらトランザクションの90%を占めている(他のタイトルも置かれているが、数は少ないし、宣伝されない)。

店は棚スペースが高いのでこのようなことがする、情報が希少だし、消費者が選択できるような情報を提供するいい方法も少ない。皮肉だが、現実世界では、 僕らの五感を刺激させることができるのに、"君のような人は...を買った"とか"IMDBが言うには..."とか"...によるランクによると"など未だにナローバンドの情報チャンネルだ。

僕の継続中のロングテールの研究の主題は配信・配給と情報の障壁が小さくなることによって、たくさんの80:20のマーケットが50:50のマーケットに近づくということだ。僕がここで言わんとしていることは需要曲線が何らかの形でフラットになり、それにより現在収入の80%を上げている20%の少数の"ヒット作"がアグリゲートし、その代わり半分を埋め合わせるようになるということだ。その理由はもっとたくさんの商品が入手可能になり、それらが商品についての情報が豊富になるにつれ探すのが簡単になり、レコメンデーションがテールの下の需要を支えるだろうと。

それが収入についてだ。利益についてはもっと劇的なものが含意されているかもしれない。僕らが見てきたように、多くのマーケットで(特にオンラインで届けられるデジタル商品)小さい売り上げの商品についてのリテールのマージンはブロックバスターに匹敵するほど高くなることがある。iTunesで貯蔵し配信できる1曲のコストはトップ10だろうと下の50万であろうとほとんど同じだ。貯蔵スペースが実質的に無料なので、マーケットは差別的で無くなることができるだろう。1,000のニッチに対する一人10の売り上げは、一時近似的に、経済的に1曲に対する10,000の売り上げと同じになるだろう。よって全利益がトップ20%からくるより、ヒットとニッチの間で分かれる可能性すらある。よってロングテールはアグリゲートすることによりヘッドより利益になる可能性がある。

しかし、ここがミソだ。上記の定義だと、僕は現存マーケットでの80%と20%について言及してきた。でもロングテールはそれらのマーケットを拡張することで、現在では"経済限界下"--伝統的に取り扱う価値はないか、含まれるべきではない--である商品や消費者を含めなければいけない。これが伝統的な80:20の構造にどのようにフィットするのか?

いい質問だ。この点で多くの人を混乱させてしまったかもしれない、なぜなら僕のオリジナルの記事では僕はロングテールは標準のリテールで手に入らない商品についてだと暗示したからだ、これは丸々現存の80:20の世界の外についてだ。これはロングテールのまっとうな完璧な定義の一つだ(下)、少なくてもリテールに存在している商品については。だけど80:20をはっきりさせるためには助けにならない。下のNetflixの例を取ってみても-リテールのカテゴリーは20%のレンタル泥水をさらにいくことになる。このポイントはマップ上で解釈されたことに間違いない。
anatomy_edit4_copy_1
(僕が今まで見てきたロングテールのマーケット全てでは、伝統的なリテールの範囲で入手不可能な商品は全体の10-30%に達していた。僕の去年の記事からこれらの数字は全て上昇しているけど、本についての最新の数は保存しておこう。僕はアマゾンの予想を関係者と話してから改訂したことも記しておく。)

さらに悪いことに、実質的に僕が見てきたメディアのマーケットが80:20の分布を示していない。ほとんどのケースで、もっとヒットに取り憑かれている:全商品の数パーセントが収入の80%を閉めている。別の言い方をすると、80:20の法則は未来で当てはまらないばかりか、現在ですら当てはまっていない!なんてこったい!

言うまでもないけど、これは失敗で僕の本でもっとはっきりさせる。僕が見てきた通り、二つの解決策がある:

1. ヘッドのカテゴリーに関してテールが拡張しても定義をそのままにしておく、よって少なくてもリンゴとリンゴを比べられるように。それなら僕の主題はこうなるだろう:ニッチ商品がもっと入手可能になるに従って、現在では収入の80%を占めるヒット(全体の商品の何パーセントだろうが)が(全体の収入の)50%に下降する。そしてニッチが残りを埋めるように成長する。

2. ヘッドとテールを区別するラインを描く別の方法を見つけて、あるものの拡張が他と、マーケット全体に影響するのかを観察する。不可避的に、主観的になって、それぞれのカテゴリーでは異なるようになる。また、ほとんどのケースでは80:20か50:50の法則どちらにもフィットしないだろう。上のNetflixの例のように、僕はヘッドを示すため典型的な従来型の品揃えを使う事ができるだろうし、残りをテールとすることができる。テレビでは、僕はNielsenでランクされた番組(トップ100)をヘッドを定義する時に使えるだろう。音楽では一番の測定方法はSoundscanトップ1,000だろう(ビルボード100は一年間にリリースされるアルバム数を考えると、公平な表示のために用いるのは少なすぎる)。広告では、一年間に10,000ドル以上使う企業。同じように...

1.はコンセプト的にしっかりしているけど、何となく線の引きかたについて曖昧だ。2.は現実の世界の境界線を反映しているとしても、パレートの文脈にきっちりフィットしないだろう。バランスを取って、僕は1.に傾いている--きっちりしているのはいい--でも次のデータが来て当てはまるかどうかまで見てみよう。厳密さは結構だが、僕より賢い多くの人達がアイデアを全てについての統一された理論に変える前にキャリアを終えてしまった。僕はほとんど全てに当てはまるように解決するようにする。

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2005年7月18日 (月)

ソフトウェアのロングテール

exciteExciteの創業者の一人、Joe Krausは彼が言うところのソフトウェアのロングテールという新しい企業を経営してきた。JotStopと呼ばれ、ウィキみたいなプラットフォームを作っていて、企業が特別なビジネス上必要なカスタム・アプリケーションを作る事を容易にしている、現在Excelのスプレッドシートで行っているぐらい簡単にね。何時だった前、彼は僕に簡単にそれについて説明してくれたけど、今やっと僕はそれについて話せるようになった。幸いな事に、彼は僕のための会話を本当に面白いポストで彼自身のブログでやってくれていて、ロングテール論がどれほど幅広く応用できるかを綺麗に示してくれた。

ロングテールは音楽と映画だけに当てはまるものではない。同じようにソフトウェアのロングテールがある。これが理由だ。

まず第一に、全てのビジネスには複数のプロセスがある。雇用、解雇、販売、注文、その他みたいに。第二に、それらのいくつかは異なるビジネスであっても名前は同じ(例えば雇用など)だけど、実践的には、それらは非常にカスタム化されている。最後に、何百万もの小さいマーケットで、ユニークであるか普通のものがあり、伝統的にはそれだけのためにソフトウェアを買う価値が無かった(例えば、建設会社がクライアントと都市計画省と連絡を取るプロセス)。

これらの三つの事実
・全てのビジネスには複数のプロセスがある
・ビジネス間で名前では同じプロセスがあったとしても、実際に多くが高度にカスタム化されている。
・何百万もの小さな産業の集団にユニークなプロセスが膨大にある。

はプロセスの問題を解決するための組み合わせの爆発があることを意味しており、現状ではそれらをサポートするソフトウェアの数は限られている。

別の言い方をすると、とてもカスタム化されたプロセスの問題をソフトウェアがビジネス解決のために助けてくれるとっても長いテールが存在しているということだ。

その他にもポイントを説明してくれるためにppt(PowerPoint)ファイルで素晴らしいチャートがたくさんある。彼のサイトからここでダウンロードできる。

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2005年7月16日 (土)

悲劇的に無視されてきた豊富性の経済

shelves_o_cheeseオライリーのEmerging Technologyカンファレンスで十日以内に発表するロングテール経済講演の準備をしていたら、ちょっとした問題にぶち当たった。ロングテールは結局豊富性についてだ:無限の棚のスペースによる経済的な効果だ。残念ながら、新古典経済学はほとんど豊富性について述べていない。実際、豊富性はほとんどエクストロピアン(extropian)の範疇にあり、その他にtranshumanists達、そしてSF作家たちだ。どうしてなのか?

まぁ、初心者にとって、経済学の古典的な定義は"希少性の下での選択を扱う科学"。そこに警告するサインが入っている。アダム・スミスから、経済学はほとんど制約下の振る舞いの研究にフォーカスしてきた。僕の大学の教科書、Gregory Mankiwの素晴らしいPrinciples of Economicsは豊富性という言葉を扱わない。それには理由がある:ほとんどの経済の方程式に希少性の項を入れると、どうしようもなくなり、0で割るという問題に直面する。基本的にうまくいかない。

でも豊富性(plentitudeとも言われている)は明らかに僕らの周りに存在する、特にテクノロジーでは。ムーアの法則は古典的な例だ。Caver Meadが1970年に認識したことは生徒達に"トランジスターを無駄にする"のを後押ししたのは、トランジスターが豊富になってきていたからだ、ほとんど無料に近く。ほとんど不足しているコンピューターのリソースを"浪費"のサイクルだという考え方のシフトは、ウィンドウやアイコンを描写したりというマックとパーソナル・コンピューター革命に繋がる。スキャンダラスな浪費--楽しみの為に使われるスーパーコンピューター!--プレイステーション2の。

また、ストレージとバンド幅とほとんどのデジタルなものに当てはまる豊富性の法則が同様にある。テクノロジー以外では、農業革命はほとんどの農業に豊富性をもたらした(だから今では、下支えする値段の中で、僕たちは農場主が作物を植える為にお金を払っているわけじゃない)。そして中国とインドの台頭で労働力が豊富でなかったらどうだろう、彼等はある意味人々を浪費させている

アイデアでもあるレベルでは豊富にあるといえるだろう、なぜなら彼等の"競争の無い"状態(火とデジタル・メディアで共通の特徴)により無制限に増殖できるからである。アメリカの特許システムの父、トーマス・ジェファーソンはこう指摘した。"僕からアイデアをもらった人は、僕のアイデアの劣化無しに彼等自身を教育している;それはあたかも彼自身のロウソクを僕に当てて、私を暗闇にしておかないで光をもらうようだ。"(訳注:ひどい翻訳だ...)

十年以上前に、豊富性の主唱者のGeorge Gilderは豊富性についてうまい考えを提供してくれた。あるインタビュー(偶然にもWiredで)で彼はこう言った:

”どんな産業革命でも、製造のキー・ファクターは劇的にコスト減される。以前のコスト機能を達成する為とは対照的に、新しいファクターはほとんど無料に近くなった。産業革命では身体的力は、動物と人間の筋力からくるお金に比べたらほとんど無料になった。突然、以前には買えなかったものが帰るようになった。工場を二十四時間働かせて、産業革命時代以前では理解不能なぐらいに製品を大量生産することが可能になった。これは身体的力がある意味ほとんど無料になったことを意味していた。経済全体がこの身体的力を活用するために再組織かしなければいけなかった。それが主流になる為には、戦争時であれ平和時であれ、スチーム・エンジンの力とその他の派生物を"浪費"しなければいけなかった。”

これは経済学的文脈に入れる一つの方法を示唆している。もし豊富なリソースがあるシステムの一つのファクターだけで、さもなければ希少性によって強いられたら、伝統的な経済学に何の影響も与えないだろう。その場合は学習曲線や最小化されたトランザクション・コスト--製造効率性が低価格と生産性の増大に寄与するが、経済全体をひっくり返すわけではない。

そして実際、ロングテールの豊富性は、その力全てにおいて、そのおうな圧力に囲まれている。全てのメディアにおける無限に近い選択肢は生まれるかもしれないけど、一日の間の人間の注意力と時間の希少性が残っていることに代わりはない。僕らの浪費できる収入は限られている。あるレベルではまだ固定されたパイ・ゲームだ。何百万ものテレビ番組を提供するが、結局の所は前に比べてテレビを観なくなったということになるかもしれない;ただ違うテレビで、彼等に合っているもの。

同様に、ムーアの法則はCPUの希少性の障壁をユーザーから取り除いた。今では生産性の制限は一秒間に出せる指令の数ではなくて、使いやすさで、トランジスターが今日デスクトップあんなに浪費するように配置されている原因だ。結果的に僕らの生産性は向上する、これは経済学の理論と全く整合性のとれている現象だ。でもそれは一年間に2-4%のペースにすぎなく、ムーアの法則の60-70%の増加に全く及ばない。別の言葉でいうと、まだ成長の制限があるということだ。

まだロングテールの経済学について話す事は、テールが開くに従って小さなテールを持ったネスト化されたヒエラルキーがヘッドの形にどのような変化を与えるかなどを含めたくさんある。Etech (Emergent Technology Conferenceの略)までそれらの質問に答えられる為に充分なデータを用意できればいい、最低でもそれらをうまく描写でき、本では答えを持っているようにね。今よりずっと深い議論をすることは確信できる;僕はいい経済学者と来週インタビューを持つ、彼等が助けになってくれるのは間違いない。

しばらくの間、経済学がある物に対してのいい理論がないからといって、それが本物ではないというわけではないということを言っておく価値はある。例えば、経済学はいまだに成長そのものを説明するのに悪戦苦闘してる。真剣に

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EXPLODING RADIO

radio_1昨今、あらゆるメディアが凄い速度でロングテールを掴もうとしてる。音楽テレビ、映画、ニュース、そして広告ですら多様性と入手可能性の拡大によって配給(配信)の伝統的な障壁が崩れるにしたがって変貌しようとしてる。今月号のWiredでは僕たちはラジオにフォーカスした、衛生、ストリーミング、デジタル・ブロードキャストラジオTiVoとポッドキャスティングなどが(他のメディア)同様の変化をしている。

内容は--Wonketteハワード・スターンについて、Annalee NewitzがiPodderのアダム・カリーについて、そしてどのようにセックス・ピストルズのスティーブ・ジョーンズがインディー・ラジオを再発明しようとしているのか--クリア・チャンネルの内幕がオンラインで公開されているけど、衛生ラジオ、HD、ラジオTiVo、そしてポッドキャストの仕方は(オンラインで)公開されていないんで、本をチェックしてくれ(訳注:もうすでに全て公開済み)。

君の趣向を磨くため、ここに伝統的なラジオがまずいことになっている十の理由を述べよう。コメントでもっと追加してくれ。

1. iPod。究極のパーソナル・ラジオ
2. 携帯電話。通勤者が交通で待っている時に、80年代のラジオの救済者だった。
3. 1996 Telecommunications Actだ、電波を自由化して、何千ものFMステーションが加わって、競争の結果、現職者の経営を圧迫した。この運動はまたオーナーシップの制限を緩和した、それにより...
4. クリアチャンネル。この巨人はしょっちゅうラジオの苦痛として責められるけど、これが原因というより業界の厳しい経営による現象という意味合いのほうが大きい。上記のように、90年代後半にローカル・ラジオの経営が競争に晒されていたということだ。クリア・チャンネルは苦しんでいるラジオ局をまとめることができて、今ではその1,200を所有している。その計画とは中央化されたプログラミングとロボットDJたちによりラジオのコストを劇的に下げることだった。しかしながら結果的に、ブランドの同化であった(一つの例外を除いて)。それからラジオは崩壊してしまった。
5. ほんのちょっと:クリア・チャンネルはたった47億ドルのラジオの損失を計上した。数日前、その競争相手のViacom's Infinityは180億ドルもの損失を計上した独占メディアの力にとっては多すぎるだろう。
6. 聴取者はここ27年間で最低だった
7. 音楽は多極化している。MTVが音楽をもう流さないのはそのためだ--チャンネルを変えるのを控えさせるだけの充分なリスナーの共通の最大公約数的な支配できるプレイリストは存在しない。同じ事がラジオでも言える:トップ100、トップ40、トップ10--充分なリスナーを確保できる幅広い人気と繰り返し聞けるマジック・リストはない。MTVはリアリティーTVと他の"つなぎ止めておく"番組に走った:ラジオはAMの安っぽいトーク番組に走って、そこでは電話をかけてくる人達がほとんど無料のコンテンツを提供している。
8. FCCのわいせつなものの取り締まりによる冷却効果、この証拠としてハワード・スターンが衛生に移ったってこと。
9. まずハワード・スターンの台頭。
10. ワシントンDCのWHFS、僕の地元のオルタナティブ・ラジオ・ステーションと僕が無駄に過ごした青春時代、がスペイン語になってしまった

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2005年7月15日 (金)

ロングテールVS.レッシグ

copyleftcommies優秀な弁護士からVC(ベンチャーキャピタリスト)へと転身した僕の友達のDavid Hornikはスタンフォード大学ビジネススクールで知的財産権と経営についての授業を教えていて、最近生徒に面白い宿題を与えたんだ:ロングテールとスタンフォード大学ロースクール教授(そしてWiredのコラムニスト)のローレンス・レッシグの矛盾を著作権の未来において連邦会議に勧めるという文脈で考えてみろ。

いい質問だ。自分で試してみよう。

僕は以前、数人がレッシグとロングテールの間の隔離を指摘したと書いた。特に、レッシグはほとんどのクリエイティブな仕事はそんなに長い寿命がなく、現在行われている保護が必要ない事を。ロングテールは対照的に、棚のスペースの制限が減るに従い、古いコンテンツを入手でき、僕らが思っていたよりコンテンツの需要があるという議論だ。

Free Culture
ではレッシグはこう書いている:

人間によって生み出されるクリエイティヴな作品全ての中で、ほんのわずかなものだけが商業的な価値を保持し続ける。このほんのわずかなもののためだけの、著作権は決定的に重要な法的手段となっている。そのためだけに、著作権はクリエイティブな作品を作り、配給するのにインセンティブを生じさせる。そのためだけに、著作権は"自由な表現の原動力"として機能する。

だけど、それだけのために、あるクリエイティブな作品の商業的価値は実際の時間は本当に短い。僕が指摘してきた通り、ほとんどの本は一年以内に絶版される。同じ事が音楽と映画についても言える。商業的なカルチャーは強欲な人のようなものだ。常に動き続けなければいけない。そしてクリエイティブな作品が商業的配給から人気が無くなると、その商業的価値は終わる。
(訳注:この訳は日本語訳の本書通りの訳ではありません)

ロングテールでは対照的に:

ロングテールでは何でも見つける事ができる。バックカタログや愛情あるファンによって愛されてきたか再発見された古いアルバムなど。ライブ音源や、Bサイド、リミックス類、もしく(ハッとする)カヴァーまで。何千人に対してのニッチがあり、ジャンル内のジャンルも:タワーレコードが80年代のヘア・バンドやアンビエント・ダブで埋め尽くされているのを想像してご覧。輸入路から排除された海外のバンドもあり、無名レーベルの無名のバンドも、それらの多くがタワー(レコード)に入る配給手段を持っていない。

まとめると、レッシグはクリエイティブな作品の商業的価値の寿命は短いと言っている。ロングテールは逆に長いと。レッシグは著作権は過剰に保護されていて、もう必要ないという、なぜならもう売れないから。ロングテールはこれに関してどう考えるだろうか?

表面上は本当に対立しているように見える。僕は、例えば"絶版"というコンセプトをアナクロですぐに消えるだろうと話してきた。さらに悪い事に(保護する価値が無いという議論で)、僕はアーカイブのコンテンツの入手できる可能性が、古いワインから新しい価値を見いだすことができる、引きつけ/創造する新しいリミキサー世代を生み出し、新しいコンテンツを流行らせる方向に導くかもしれないと思っている。もっと入手可能なコンテンツが増える+コンテンツを利用して何かしたいひとが増える=より大きな商業的なポテンシャル、だということだ。著作権が好きだろうと嫌いだろうと、古いマテリアルは関係無いと言うことはもはや安全じゃない。

でも、この論争を見る視点として、両者をきれいに繋ぐ視点がもう一つある。古いコンテンツから新しい価値を見いだす人達の多くがオリジナルの創作者や権利保持者ではないということだ。彼等のいく人かは古いマテリアルに別の意味を見いだし、他の人は商業レーダーから外れてしまったマテリアルから新しいマーケットを見いだすためのアグリゲーターだ。どちらにしろ、彼等はオリジナルのレコード・レーベル、映画スタジオ、出版社、テレビ・プロダクション会社や著作権保持者であると宣言している人達ではないということだ。彼等は何か別の物だ、多分誰も予想しなかったものだ。これは結局リミックス・カルチャーの夜明けだ。

何が変わったかと言えば、権利保持者こそクリエイティブな作品の商業的価値を見いだせるという憶測だ。それに代わって、誰でもそれをできる:車を売るために古い映画をリミックスする広告会社;ウォーホール・スタイルで作られたリナックスのTシャツ、もしくはDJのマジックを想像してもらえばいい。この商業的なポテンシャルの多様性を後押しするためには全てに対して同じ(one-size-fits-all)コピーライトの代わりに段階的なオルタナティブなもので、派生作品(いいマーケティングだ!)の許容をリミックス・カルチャーのために短くしたりする必要がある。僕はレッシグ自身のクリエイティブ・コモンズに勝るいい例はないと思う、これはすでにテールの右側のライセンスの一つのチョイスになっている、ここでは商業的責務は少なくなっている。

よって、底流ではロングテールは結局レッシグの立場と同じだ、だがその過程が違う--商業的なポテンシャルの多様性に対する、それに対する不在。僕はHornikの生徒達が行っていた議論の仮定の国会議員が全体像を見渡せたらいいなと思う。クリエイティブな作品の棚の寿命は増加するかもしれないけど、それらを最初の権利保持者のために閉め出す社会的なコストもだ。

同時に、たくさんのコンテンツ製作者が法令による著作権保護を自主的に放棄することによるアピール力を発見しているのを見て嬉しくなる(それがクリエイティブ・コモンズのライセンスが導入しているものだ)。それにより彼等の作品が元に意図したよりずっと長い寿命を持つことにつながる。ロングテールは相互に豊かにすることにより発達する例で一杯だ。このような協力的なネットワークによってどのようにお金が動いていくのかはまだわからないけど、もっと柔軟な知的財産権なしでは、全く機能しないだろう。

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2005年7月12日 (火)

ロングテールFAQ:制作者はどうなるの?

barcode僕はみんなからいつも貰う質問で"消費者と配信者(配給者)にロングテールが恩恵をもたらすことはわかった、でも制作者たちにとっても同様のアドバンテージはあるの?"という最初の質問に対して今までやろうと思ってきたロングテールFAQを始めよう。この質問に対する答えは少なくても本の一章をかけてやんなきゃいえないから、FAQには長過ぎる。でも簡単に言うと"イエス"だ。ロングテールの供給側の豊富なトピックで、僕が今まで集中して書いてきた需要側をばっちり補うよ。

ケビン・ケリーが製作例--アマゾンで自費出版をする方法--を出してFAQに答えろと串刺ししたんで。これは包括的な、ステップ・バイ・ステップのガイドで、まず"why"に対する答えから始まる。

僕はもっとたくさんの人達に届けたいと思って、アマゾンに自費出版する作品をリストし始めたんだけど、僕のウェブサイトで注文したそれぞれの消費者に品物を届けるためにどうやって輸送費やらなんやらをすればいいのかわからなかった。あまり時間がない僕みたいな人にとって、直接送って、いちいち経過を見たりしたら僕の日常の仕事の邪魔になる。僕の作品がアマゾンに置かれることによって、アマゾンが発送に関して強力な企業になってくれて(彼等の得意分野だ)、僕が発送しなければいえけないところは彼等の倉庫だけになる。

もっと大事なのは、僕のウェブサイトがもっと有名になろうとなるまいと、本とDVDを探しにきているアマゾンのトラフィックに比べるとどうってことない。僕の作品が大きいパブリシャーからの"同じような本"や読者のリストとガイドに入っていれば、僕の作品が見られたり、注文されたりする確率は上がる。ある意味で、君の作品がアマゾンで手に入る限り、それが入手できないってことにはならないんだよ。

この例は制作者側にとってロングテールの二つの大きい利点を要約している。一つ目は市場への参加だ。倉庫がほぼ無限に近い配信者/リテーラーだけがケビンの自費出版された本を置く事が出来る(彼の商業的に出版されて非常に成功した本、Out of Controlニューエコノミー勝者の条件と区別されて)。それにも関わらず、リテーラーにとってコストはほとんどゼロだ、アマゾンが目標としているセルフサービス形式のトランザクションにとっては。

二つ目は、マーケティングに非常にお金がかからないということだ。レコメンデーション、これにはソフトウェア・フィルターやネットワークにより増幅された口コミ(ブログからeメール)のほうが伝統的な広告よりはるかの効果的である場合が多い、特に狭いマーケットを狙ったニッチな商品の場合は。これで万事オッケーっていうわけじゃない:テールの下で制作されたものは単純に良くないものが多い。もしくはいい商品だがみんなにお薦めできるものではない、そしてそれらを見つけようとしている人は探すのに苦労する。そこでレコメンデーションがニッチな制作者とニッチな消費者を結びつける事が出来る。

制作者側の状況が良くなっている他の二点について簡潔に:これはKevinも言っているが、創作に必要なツールだ--安いデジタルビデオからGarageBand--これらは目眩がするようなペースで民主化されている。現在出荷されているマック全てに音楽、ビデオとフォトを編集できるソフトウェアがついていて、数年前のプロのツールに匹敵する。もし君に才能があるのなら、創作活動やる障害が少なくなっている、そして現在でも何百万人も行っている。これはロングテールの結果ではないが(これは単にデジタル・テクノロジーが広がったということだけだ)、かつて見た事の無いペースでテールの数を増やすハッピーな効果がある。

最後に、ロングテール制作者にとって商業的な成功が唯一(もしくは主な)理由ではないことを言っておくべきだろう。ほとんどの作者が金持ちになるためじゃなくて、読者に届けたいから本を書いていて、例えば彼等の学問的な評判を増したり、コンサルタント業をマーケットしたり、もしくは世界に痕跡を残す事だけだったりする。ロングテール効果は割に合わないかもしれないけど、より多くのオーディエンスを見つけられるだろうし、もしその人達の作品が本当に良ければ劇的に巨大になるとしたらどうだい。ケビンがアマゾンで自費出版について指摘している通り"お金を稼ぐ方法ではない;君のメッセージをバラまく方法なんだ"って。ロングテールは商業的にパワフルであるが、コミュニケーションに関しては潜在的にさらにパワフルなんだ。どんな分野の製作者にとっても、いいニュースだ。

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2005年7月11日 (月)

終焉論(Endism)を擁護して

end先週、メディアの世界で注目するべきだったのはニューヨークで開催された2005 SIIA Information Industry SummitのMichael Wolffのキーノートでの発言だった(暴露:MichaelはWired誌の姉妹誌のVanity Fair誌のメディア・コラムニストだ)。議論を呼ぶ物だった(どれほどだったかと言うと、報道によると彼はオリジナルで投稿されたものを取り除くよう要求した)、なぜならメインストリームのメディアが直面しているチャレンジについてのとっても頭のいい観察の途中で、彼はウォール・ストリート・ジャーナル誌に強打を食らわせたからだ、オンラインのコンテンツをサブスクリプション(購読)の壁に押し込んで、流通を失ってしまったと文句を言って。

僕はしかしながら、それを全く別の理由から面白いと思った:悪名高い"終焉論"だ。

筆記物から、質疑応答ではWolffはConsumer Reports誌も同様にウェブサイトへのアクセスに課金することによって、消費者の反対で苦しんでいると忠告している。"以前はオピニオン・マーケットで確かな地位を築いていたが、今では辺境(marginal)みたいなの地位にいる。"と彼は言った。"辺境"とは"事実上死んでいる"と同じ意味を持ち、Wolffが頻繁に巧みに使う言葉の代表格だ:彼の最新の本は結局"Autumn of the Mogulus"だ。

質問者はそれに対して、彼にこう質問し、その返答はずっと納得のいくものだった:

出席者:Consumer Reports誌はほぼ200万人のサブスクライバー(購読者)がいて、僕は疑問に思うんだ。コンテンツに対して払うことが価値を下げる...そのことについて。ちょっと丁寧に説明してくれないか?

Wolff:まぁ、僕はConsumer Reports誌が一時期、製品評価について本物のブランドだと思っていた。だから君らはこう言ってた”Consumer Reports誌をチェックしな"って。でも、今何かを買おうとしたら、"ウェブをチェックする"だ。Consumer Reports誌がビジネスを行ってないというわけではなく、製品評価の雄としての地位を失ってしまったってことさ。

実際、Consumer Reports誌は400万人のサブスクライバーがいると言っていて、誰が見ても辺境ではない(僕は雑誌は見ずに、26ドル/年で素晴らしいウェブサイトを見ているけど)。Vanity Fair誌だろうがWired誌だろうがそれぐらいになってくれればどんなに嬉しいか。でも僕はWolffが言わんとしていることがわかる。彼の文句を理解するには、この世には三種類の人間がいることを理解しなければいけない。サイエンス・オタクとして(訳注:彼は物理専攻で元ロスアラモス研究員)物理学の用語で説明しよう:

A)止まっている人(Position People)
B)速度の人(Velocity People)(一次関数)
C)加速度の人(Acceleration People)(二次関数)

カテゴリーAの人はこう考える:"400万人の人は一杯だ。Consumer Reports誌は正しい事をやっているに違いない。”

カテゴリーBの人はこうだ:”以前は420万人だった。Consumer Reports誌は下降している。”

カテゴリーCはこうだ:"彼等は三年間で20万人もの読者をなくしちまった!Consumer Reports誌は死んじまった!”

Consumer Reports誌が実際読者を失っているかどうかはわからない;僕はただ説明する為に分類しただけだ(そしてブログがジャーナリズムでないという証拠を付け加えるためにね)。多分君はこの三種類の人達をもう知ってるだろうし、最初の二つの見方は正しく、三番目は明らかに間違いで、一番興味を引く事も。人々は過剰なステートメントに動揺する、特により幅広いポイントからのサービスだと。

過剰なステートメントの頂点は終末論で、何かが成長を止めると事実上死であることを宣告される。ここでは、Wolffはいい会社にいる。もし会社の成長が止まったら、ウォールストリートの投資家達は車に跳ねられた動物みたいに取り扱うだけじゃなく、CEOの頭を壁にやかましく叫ぶだろう。僕のThe Economist誌での元同僚がコミュニケーション革命について"The Death of Distance"を書いた。また別の同僚は同じように始まるビジネス本のタイトル数百冊を羅列したものを書いた。そしてWired誌の僕たちはいつも同じようなことをしている、僕たちの新しいカヴァー・ストーリーの"The End of Radio"でも(公平を喫して"as we know it(ご存知の通り)を入れておいた)。

終焉論が常に罪ではない理由は、これら三つの見方には正当性があるからだ。もちろんある人達にとって、地に足をつけて彼等の周りに起こっていることについての本当の現実にフォーカスする必要があるだろう、それがカテゴリーAだ。また他の人々にとって流行に敏感になることが大事だろう、それがカテゴリーBだ。最後に、少数の人々は曲がり角を見続けなければいけない、予兆が流行になって最終的には現実になることを、それが僕たちをカテゴリーCに導くものだ。そこではWolffとWired誌は頻繁に引き合う。

The Economist誌での非公式の社内のモットーは"単純かしろ、それから誇張しろ"だった。これは明らかに確かな手にかかれば成功するモデルだ;分析の技術は劇的な蒸留と背理法の境界線を知ることだ。秘密は、もちろんのこと、正確でいることだ。もしラジオが実際テクノロジーによって変貌しようとしていて、読者たちが僕たちの証拠と議論で納得するのなら(僕は確かだ;素晴らしい特集だし、週末にはオンラインになってる)、彼等が僕らの言わんとしてる"終焉"の意味がわかるだろう。

Wiredの僕らはWolffのようにむちで打つような加速する世界にいる、そこではトレンドの速度のわずかな揺れが一時的なものであることもあるし、次のビッグ・トレンドになるかもしれない。僕たちはお互い良く話し合うことに長けているので、僕らの時節の終焉論は効果的なレトリック的なデバイスみたいに見えるんだろう。業界は本当に崩れ、そして再編成する、そしてそれらのサインを見つけることが僕たちの義務だ。

Wolffにも着眼点はある。僕がConsumer Report誌のウェブサイトが好きなように、僕はAmazonのレビューやGoogleのほうにまず向かう時がある。なぜなら僕が買おうとしている最近のレビューを見つけたいからだ。そして僕はサブスクライバーで、非サブスクライバーには選択肢はない。僕はConsumer Reports誌は高い商品や車や洗濯機のような 耐久消費財に関しては参考にしている。それで僕をサブスクライバーとして引き留めておくためには充分だが、"製品評価の雄"としての地位を維持するのには充分ではない。それで"辺境"かって?多分違うだろうが、そう注釈しておく価値はある。

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ブログ・スパムはメール・スパムのように解決可能か?

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僕がスピーチをする時に飛び出すいかつい質問はいつだって経験上最高の部分だ。火曜日に、僕はスタンフォード大学でThe Media CenterのEmerging Technologyカンファレンスで話した時にタフな質問に遭遇した:悪い奴が大量のスパムと他の自動装置でテールを駄目にする可能性はないのか?

その恐怖を単純に説明すると、テールは壊れやすく、ニッチの質は産業規模の詐欺と破壊活動の自動マーケティングに制圧されてしまうのではないかということだ。結局のところテールのS/N比(シグナル/ノイズ比)はいまだに低い:デジタル・グラフィティーはそれらを無意味にしてしまうのではないか?一時素晴らしかったUsenetの没落、これは自動スパムと釣りによって駄目になってしまった、は一つの警鐘だ。同様のことがダイヤモンドをラフから見つけてくれるブログスフィア(blogsphere;訳注:ブログの世界)と信用できるネットワークと他のレコメンデーション機能に起こるのか?

僕は答えはノーだと思う。カンファレンスでも言ったように、良く議論されるように、eメールスパムから脱却するテクノロジーの組み合わせのアプローチが、なんでコメント・スパムや同様のウェブ詐欺でも機能しないのかがわからない。簡単に言うと、スマートなテクノロジーを備えたいい奴が最終的には勝つだろう。(Ross Mayfieldがこのことを良くまとめた話をここでしている)。

僕の自信は主にスパムの問題に起因する。最近まではコントロール不能だったと見なされていた現象が、僕の場合は一日一つか二つの迷惑ぐらいの管理可能な状況になったからだ。僕は四つのスパム・フィルターを使っていて、サーバーに二つとクライアントに二つ、そして結果はつい先日取った上のグラフだ。本当のメールよりスパムのほうが多いとはいえ、ほとんど全てがほぼ間違いなしにフィルターされている。

僕はこのマルチプル・フィルターのアプローチを"カクテル・セラピー"と呼んでいる。これはエイズの治療のさい成功した薬の組み合わせを思い起こさせるからだ。最高の戦略は同時に色々な角度から攻撃することだ。

僕のスパム・ブロッカーはBayesianフィルターとネットワーク化されたブラックリストの組み合わせだ。それぞれ役割を持っているが、僕がもっとも強力だと思うのが、CloudmarkのSafetyBarで、これは派生フィルタリングを使用している。このクライエントのソフトウェアは君がスパムと認定したeメールの指紋を送って、他のCloudmarkのクライアント全てにその指紋がスパムだと認識させる。もし充分な人の充分な記録がスパムだと認定すれば、おそらくその通りだろう。このクライアントのソフトウェアは他の人全員に対しても自動的にブラックリストされたeメールを取り除き、クリックしてトラブルに巻き込まれるのを防ぐためにスパム・フォルダーに移動させる。(もし誰かが間違ってスパムだと報告すると、充分な信頼を獲得するまでそのユーザーのレーティングは下がる)。これは群衆の知恵で、市場の力が自動犯罪から闘うため開発中だ。

僕はコメントとトラックバックスパムに関しても同じような闘い方をできると思う--民主主義と共有された情報で。僕のコメントとトラックバックでポルノサイトへのリンクを溜めているコンピューターは他のブログに対しても同様のことをしている。ちょっとしたソフトウェアでそれを変える事ができる、スパムのコメントを取り除いている用心深いブロガーの"投票"と自動的にそのことを他のブログに伝える事で、人間の仲介なしに削除が行える。

もちろんeメールとコメント・スパムに違いはある。初心者にとって、ほとんどのコメント・スパムは機械が訪れたところに現れる:スパイダーたちによってパトロールされているほこりだらけのアーカイヴと、君自身のインボックスと違って、ほとんど人間に見られることのないところに。さらに、Googleはリンクをすることにより金銭的な油を火に注ぐことをしてきた、それを誰も追いかけなくても、実質的に無料で、それはハーブのバイアグラのeメール・スパムより多いと言えるだろう。

だが同じようなことはさらにもっと決定的だ。すでにMT Blacklist(MT=Moveable Type、SixApartのブログ・ソフトウェアでTypePadのホスティング・サービスの基盤で僕も使っている)というオープンソースプロジェクトが協調的なコメント・スパムのフィルタリングがいかに働くのかを示している。まだ未完成で自動化されてないが、クリエイターのJay Allenがこのプロジェクトの未来をこのように保証している。他の進出としてGoogleの"no-follow"タグがあって、ブロガーたちがコメント・スパマーたちをGoogle juiceから剥奪することを認めている。

TypePadのように全てを中央サーバーで行い誰が何を消去しているかという情報が簡単に共有できるところでは、まだ始まったばかりのこのブログサービスは行われている。僕はCloudmarkとSixApartの連中が会ってこのことについて話した事はいいと思う。"僕らはeメールスパムの教訓を学んでコメント・スパムに生かすんだ"とSixApartの製品部門のVPのMichael Sippeyが言ってくれた。"僕らはコミュニティーのフィードバック・メカニズムをフィルタリング・プロセスに導入する方法を考えている"。まだ発表は無いが、僕のトラックバックとコメントのスパムが僕の今のインボックスみたいに魔法のように掃除されている様子を一年以内に目撃できたら驚くだろう。

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Googleのロングテール

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火曜日にGoogleは彼等の戦略と現在進行形ダイナミクスと特筆すべき成功を説明するためにアナリスト・デーを設けた。僕は以前Googleを"ロングテール企業"と言ってきて、彼等自身が自らそう呼ぶのを聞いて嬉しかった。ここでウェブキャストがみれる(上のイメージはスライド10だ)。またミーティング中のThe San Jose Mercury Newsのレポートでもロングテール戦略を議論した。

Googleがやったことは広告主とパブリシャー両者のロングテールを金にしてきたことだ。これには以前なら広告すら打たなかった何百万もの小さい企業や個人が含まれる、少なくても全国的には。彼等はサブスケール--広告セールスマンにとって小さすぎた--だと思われていて、彼等自身が広告主であることすら考えていなかったであろう。だがGoogleの広告はセルフサービスで、安く、対費用効果(パフォーマンス)をもとにしており(ペイ・パー・クリック)、それらを合わせると、入る為の壁が劇的に低くなった。

それらの広告主と共に何千もの以前はサブスケールの"パブリシャーたち"、ブログからニッチな商業サイトが続く。彼等の多くが自身の広告を打つには小さかったが、今となっては何行かのHTMLラインをサイトに入れることによってGoogleのふさわしい広告を入れることができる。Googleのビジネスの約半分が検索結果自身に対して売られているものより、このような"パートナー"からだ。

GoogleのCEOのエリック・シュミットはこのような何百万もの小-中ビジネスが新しいロングテール広告のマーケットを示しているのかを切目下。"ロングテールの驚くべきことはそのテールの長さで、伝統的な広告セールスが提供して来なかったビジネスの大きさだ"と彼は言った。Googleの収入は四半期だけで10億ドルにもおよび、その少なくても半数はロングテールの広告主によって埋められている。これは言うまでもないが、これから来る時代の些細な予兆にすぎない。

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ちょっとした追記

長いエッセイを続けるようにと励ましてくれる、たくさんのコメントやeメールをもらって、本当に感謝している。一週間に一個か二個するように努力する。今の所、ここのメインバーの"Long Tail comment elsewhere"を拡張することに満足して、それをフィードの一部分として扱う事にする。(The Six Apartの連中はこのサイドバーがそうであるように、TypelistにRSSをまだ実行していない、近々そうすると言ってはいるが)。

まず、オリジナルのロングテール論をまとめるのに助けてくれたKevin LawsのRSSの素晴らしい投稿から始めよう。ご存知の通り、RSSは本当にデカいことでロングテールの潜在力を最大化してくれる重要なステップだ。パブリッシュ−サブスクライブ・モデルの本質的な要素は読者の興味の対象を一括に示してくれる(フィードにサブスクライブすることによって)--そして、苦労なしにパブリッシュされた時に関係のあるコンテンツを入手させてくれる。

Kevinは僕が今までRSSのためのポストの中で、最高のアナロジーを記述してくれた:ウェブのためのTiVoだ:

(RSSが拡大している)一つの方向は君の為にタスクを自動化してくれる方向性と関連している。これは事実上のエージェント・テクノロジーの復活だ。機会が認識してくれるウェブサイトが広く流通している今となって、君のコンピューターに"Gnosticismが現れた時は教えてくれ"というようなことを伝えられるべきだ。これはGoogleの検索と同じようだが、RSSアグリゲーターがリアルタイムに伝えてくれる事から、より価値がある。最良のアナロジーは"ウェブのためのTiVoだ" - 特定のウェブサイトを"録画"して潜在的に興味深いウェブポストもレコードできる。

eメールとは違って、RSSはスパム・フィルタリングとパーソナル・メッセージが混ざってなく、コンテンツがニュースレター形式で書かれている責任は無い。RSSの原始的な要素は単一の投稿で、ページ上に適切に並べられたリーダーにとって完璧に機能する(Ask Jeevesの僕の友達に売られたばかりの、素晴らしいBloglinesみたいに)。

これがテールの下に需要を喚起するのになぜ重要かというと、RSSフィードは製品の定期的なリンクとサジェスチョン、そして君が他では聞いた事もないようなメディアへのストリームを提供してくれるからだ。一番いいことに、今までのメディアとブログのような形でなくてもいいことだ:入手できる物の通知や、どこで何を売っているかのアップデートですらいい。

最高の例はNeflixの幅広いRSSフィードで、ニューリリースのフィードも含まれている。早く読めて、パラグラフでの完璧なまとめ、それを数百もの新しいDVDについての。僕の注意を引くものに関してはツークリックすれば、僕のものになっていて、すぐに僕のドアに着くだろう。また、インディペンデントや外国物、ゲイ物やレズビアン物、そしてアニメまでニッチな分野についての最新のベストセラーのRSSフィードもある。本当に面白くて実用的だ。

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理論が実践に直面するとき

トラフィックを稼ぐためのランダムなミニ投稿よりもサブスクリプション・モデルのRSSを通じてのビューのほうが増えるっていうあの投稿を覚えているかい?まぁ、ちょっとした間違いだった:僕は訪れてくる人達の統計を見るエゴを軽くみていた。

RSSの問題は誰が見ているのかをトラックするいい方法がないことだ。僕のようなフル・フィードだとクリックして、ページのビューを発生させる必要が無い。だから僕はフィード以外の計測可能なトラフィックとリンクを増やすために、もっと投稿する誘惑にかられる、それがたくさんの読者が見ていることを意味していないにも拘らず。残念だが事実だ。

残念ながら、僕は本を書くモードに突入していて、何千語のエッセイに自分の言葉をちりばめなければいけなく、ブログの実用に見合っていない。それに本と日常の仕事を同時に、エッセイを書く事は難しい。だから僕のポリシーは逆転する:僕のエゴが減るか、もしくはRSS閲覧が測定可能になるまで、僕は他の人の考え--まぁ他の人のブログ全てみたいに--を反復する短い投稿をするようにする。

”派生物”や”怠惰”みたいな醜い言葉を使う代わりに、僕は豊富な知的なサンプリングを取り囲む事にする。まぁ、結局のところRemix Ageだからね。

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2005年7月 8日 (金)

トランジスターは屋上でセックスしない

img_01351700万人(オーストラリアの人口とほぼ同じ)の超過密都市のボンベイでは個人の価値はあまり高くない。召使い、運転手と配置されている他の労働者のカジュアルさに驚いた。

カジュアルさというのはこういうことだ:もし車をピックアップしたくて、街を徘徊している、ほとんど全て空の65000ものタクシーを呼び止めたくなかったなら、ドライバーは一晩中君を待ってくれる。下働きはベルを鳴らすとすぐ来てくれる;三歳の子のお気に入りのゲームだ。どんな些細な用事でも”男をよこせ”というのは忠告だ。そしてストリートで売っている野菜は一ドル以下で家に届けてくれる。

インドにおける階級の分裂は極端だ;民主主義は来たが、平等主義はまだだ。それにも関わらず不満はまだ少ない。金持ちの気まぐれのために何時間も待つことは他の仕事と比べて比較的良いものと思われている。

過剰のスケジュールされた土地から来たものにとっては、ボンベイのディスプレイのブラブラ加減はショックだ。ここは酷く活用できていない労働力と才能のある国だ。ある晩レストランと窓の外から、空っぽの大使のタクシーが青いネオンで照らされいたのを見て、この人間の潜在力の過剰な豊富性がテクノロジーと共通点があるのかと不思議に思っていた。

半導体の時代を可能にしたのは1980年のCarver Meadの直感的な"無駄になったトランジスター"コールだった。それまではソフトウェアはきっちり書き、当時の電子計算リソースの希少性を埋める為に効率的なコードにフォーカスされていた。だがパーソナル・コンピューターの時代の夜明けだった。人々がそれで何をしていいのかわかる前に、デスクトップでのMIPSが来た。Meadはプログラマー達がトランジスター--電子計算パワー--は自由だと想像することを提案した。それを保護するよりか、それらを最高するより有効に活用するべきだと。だからコンピューターを浪費する目につくグラフィカル・ユーザー・インターフェイスが生まれた--そしてマックとウィンドウズも。

現在ではストレージ、メモリーと帯域幅にも同様の事が言える。オリジナルのiPodは10GBのハードディスクで平均的なMP3プレイヤーのフラッシュメモリーに比べて浪費だと思われていたが、君が行く場所を想定しながらどの曲を選ぶのかを心配するかわりに、どこに行っても君のライブラリー全てを持ち運べるというコンセプトを生み出した。だからマンハッタンは今あのイヤホンで溢れかえってるんだ。同様に、僕は一ヶ月分のeメールを僕のTreoに持ち運んでいるのは、それをしない理由がないからだ;1GBのSDカードは安いからだ。

僕らを取り巻くコンピューター全てに、実質的に常にCPUが使われている。命令を待ちながらギガヘルツの推進力を開店させて。Carver Meadのアドバイスは実行された。ボンベイのストリートにいると、同様に65,000台のタクシー運転手たちもそうであって欲しいと思う。

これはインドの教訓”人の無駄遣い”と類似しているのか?インドの決定的な競争力の優位性はは人を個人としてではなくリソースと考えることなのか、何百万人で配置可能な?アウトソーシングによって縮小したシリコンバレーからはそう見えるかもしれないが、僕は答えはノーだと思う。

僕ははニューデリのどこかの官庁の技術系官庁の一人がそれにも関わらず、そのように思っている姿を想像する事ができる。だがその時、僕が出会ったコールセンターの労働者を思い浮かべる。もっと重要なことに、倫理的にも職業的にも誠実な彼等の娘の管理人を握っている彼らの両親のことたちを。僕はそれらのセンターの離職率が90%だと思う(これはアメリカのファーストフード産業の離職率に匹敵する)。そして僕は駐車場の警備員が利益を守るためではなくて、20歳の人達が車の中でセックスするためにいることも思い浮かべる。屋上へのドアは同じ理由でロックされている。

インドに来るまで伝統的な社会がどんなものか本当の意味ではわからないだろうし、家族という存在がどれほど重要なのかも(お見合い結婚はいまだに普通の事だ)。これがインドのアウトソーシング産業の規模の限界せしめる要因だ。コールセンターは出来のいい子供を地元から引き出し、今では国中からもってこないといけない。結婚するまで自宅で暮らす(時にはそれ以後も)かわりに、若い男性と女性は巨大な都市で異性の人達とアパートで暮らしている。まだ受容する事ができない文化に自然な事がおきる。

3,000万人のインド人が労働力として入ってきていると統計的に見ることができる、その多くが大学で教育され英語が話せる。そして彼等が西欧では考えられないほど安い労働規模だと。でも彼等の多くが家族を持つ個人であることを思い出し、時には文化は経済を優先することを。Carver Meadのスローガンはシリコンバレーを生み出したが、同じ事がインドで起こるとは限らない。アウトソーシングとグローバリズムの社会的効果の受容力はインドの伝統の前で頭止めになるだろう。ここではムーアの法則の文化は無い。トランジスターは両親の圧力の前では止まらない。トランジスターは屋根でセックスをしない。

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2005年7月 7日 (木)

客観性の終わり

sun僕の本の章の一つとして、僕は希少性の考えと豊富性の考えの深みのある違いを調査してきた。ロングテールは豊富性についてだ--棚のスペースからの解放、以前はそうだった、が浪費在庫の拡大へと続く:全ての物が、いつでも。でも僕らの周りには豊富性の兆候がいたるところで見られる。その一つが僕の産業、メディアで、配給の障壁の終わりがジャーナリズムの根本的なルールを変えている。

伝統的なプレミアの公平なジャーナリズムはメディアの希少性の作用だった:もし君がメインかほぼ一つのニュース源だったら、バランスを徹する義務がある。アメリカの新聞ではひと時、巨大な国でそれぞれの都市(大体一社か二社)で配給していた時、には本当だった。そして残りのアメリカのメディアはその新聞から誘導されていたジャーナリズムのスタンダードを取っていた。

でもイギリスでは長い間、全国紙があったという違いがある。よってニュースの希少性はなく、新聞は自分の立場取ることによって変化をつけていた。

今日、アメリカの新聞はアメリカのジャーナリズムへの影響と共に消えかかろうとしている:ニュースと情報はコモディティーと化している。競争優位の違いはどこからくるのか?僕は純粋なオピニオンと政治的な党派心(ラジオの場合そうだったけど)ではなく、感性世界観だと思う。

多分感性についてのもっともいい例はThe New Yorkerで、独特の声とパースペクティブを持っていて、おそらくマンハッタンのアッパーイーストの文化的生活に起源しているものだろう(暴露:彼らはConde Nastの姉妹企業だ)。The New Yorkerを新聞とは混同しないだろう--知性と注目両者から読者を想定しすぎているし、賢く洗練された人達の特別なクラブへ入ったかのような感じを読者に与えることをアピールしている。

でも感性はこぎれいである必要は無い。MaximFHMは感性を持っている、同様にMTVもだ。多分一番いい例はブログで、見分けがつき人間の声があり、興味と著者の価値観と感性で運営されている。

世界観で言うと、時に整合性のある哲学の元、展望と分析を与えるバランスが取れていてわかりやすい書き方を求めていない(環境保護、リバテアリアニズム、グローバリズムやたくさんの"イズム(ism)"の無い立場)。

例を出すと僕の母校The Economist(世界観:自由市場)。フォックス・ニュース(アメリカ勝利主義)、そして僕自身のWired(変化は良いことだ)。世界観が感性と共有することは、ライターの声が伝統的なジャーナリズムに比べて激しく、彼/彼女らの意見と反応の抑圧度が低い事だ。

僕はこの両者とも"公平な(dispassionated)メディア"の終わりの一部と見ていて、対照的に誰かが言うだろう"好色な(passionated)メディア"の台頭だと思う。僕は好色なメディアだけが来るべき数年に商品化のにじみを通過するものだと思う。僕と僕たちは、読者(そして著者!)として疑似的な公平な世話の欠如をなんとかうまく乗り切れると思う。

Dan Gillmoreがこれを"客観性の終わり"と読んでいる。同意する。

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なぜソーシャル・ソフトウェアは質の悪いレコメンデーションをするのか

orthogonalノキアのワークショップで話題になったもう一つの面白い質問は、ソーシャル・ソフトウェア・ネットワーク、例えばFriendsterのような、がテールをフィルターするためのいいレコメンデーション源になるのかということだ。一見すると、それはうまくいくように思える。でも結局のところ、君の友達達のレコメンデーション以上に信頼できるものはあるのか?でも現実は、逆説的に他人の方が頼りになることが顕著だ。

レコメンデーション・ネットワークとしてソーシャル・ソフトウェアの問題はソーシャル・ソフトウェア自身に根ざしている。"友達"は特に趣向に関してはとっても無愛想な装置だ。悲しい事に、僕の友達のほとんどは音楽に関しては不快な趣向を持っている(だからと言ってそれを彼らに向けるわけではない)一方、僕が頼っている音楽のレコメンデーションのほとんどは一度も会ったことのない人達だ、Rhapsody編集者MP3ブログか。僕がアドバイスを必要としている実質的に他の狭いカテゴリー全て;オッズでは本当にものをわかっている専門家は僕の知らない人たちばかりだということだ。

他の言葉で言うと、僕が好きなたちと僕の好きな製品の間にあるように感じる関係性はあまりないということだ。アナロジーを使わせてもらうと、サンマイクロシステムス社の共同創設者のビル・ジョイは有名なこの自明の理を発言した(これはジョイの法則として知られている):"君が誰であろうと、賢い人達のほとんどは他の人のために働く”。同じ事はレコメンデーションについても言える。君が誰であろうと、君が知らない誰かがクールなものを見つけている。

問題点を混ぜると、僕が音楽のレコメンデーションで信頼している人は映画で信頼している人達とは違う。ガジェットに関しても別の物知りグループで、同様のことがゲームに言える。実際、僕は評判や経験で形成された"信頼できるネットワーク"をたくさんあるけど、それらについて共通することはなく、ほとんどは友達とは思っていない。それらのいくつかは人間ですらない--ソフトウェアだ。

感覚的に言うと、君のフィルター全てが直行する信頼できるネットワークの一部で、そこに君自身が唯一のメンバーとしてよく参加していると思えばよい。稀にオーヴァーラップする。よって君の異なる影響の平面を一次元に凝縮しようとするどのサービスも失敗する、最低でも有益なレコメンデーションが続く限り。それはそのようなサービスがプレイリストを共有するべきではないと言っているわけでも、アマゾンのウィッシュリストをやめるべきだと言っているわけではなく、他のところでもっと良いアドバイスを僕が得る機会が多いということだけだ。

僕にとってもっとも良く働くフィルターは、まず僕が好きなものと同じ物を持っていて信頼を勝ち取り、僕がより好きになるものに向かわせてくれるものだ。それらの人についてさらに知る必要はない、彼らが僕より時間を持っていて、まだ発掘されていない宝玉を探すためにたくさんのゴミを聴いているのなら。で彼らは僕の事なんて気にかけちゃいないのさ。レコメンデーションの場合、友情は過大評価だ。

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定義:アップデート

cocktail_glass-1僕のAboutページでロングテールのちょっと長めの説明文をアップデートした。この素晴らしいウィキペディアのエントリーと共にどうぞ。
ロングテールを定義することは左の図を見れば比較的簡単だ。でも、僕がダボスのやかましいカクテルパーティーで出会った時に10秒間で説明しなければ行けないときには、まだ文字だけで説明するのは大変だ。”どのようにテクノロジーが今まで経済限界下であった製品において潜在的な巨大なマーケットを見つけることができるか”というようなフレーズはよしたほうがいい。”経済限界下”って?文脈から離れると、”製品”という言葉で僕が何を意味しているのかすらはっきりしないから。例を一つか二つ出せばはっきりするけど、いい定義なら必要ないと思う。
幸運にも、僕は素晴らしい提案をここで受けてきて、いい方向への大きいステップを踏んでいるところだ。まとめて拡張したいと思っている、カクテル・パーティーでも大丈夫なようにね。

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iPod Shuffleに関して

picture1僕は火曜日にヘルシンキのノキア本社でロングテールに関してのワークショップに参加していた。僕はどれほどの頭脳的集団がいるのかと、招待している人の数に驚かされた。先週だけで僕はHenry JenkinsCory DoctorowEshther DysonCK Prahaladなどに案内され、他にも忘れてしまった人が数人いるだろう。

ワークショップ中の面白い質問はアップルの新しいiPod Shuffleについてだった。僕は回し者モードで、それを”価値を差し引く”商品だと説明して、ディスプレイが無い事が成功を制限すると言った。僕はノキアの研究員から荒々しい反応を得て、その人が言うには、その受動的なエンターテイメント価値によって凄いヒットになるだろうとのことだ:ほとんどの労力無しに、Shuffleは君のコレクションから新鮮なセレクションを提供してくれる、それはハードディスクからランダムに取られたものとランダムな順番でプレイされるという両面で。アップルのマーケティングがこう宣伝するように。”iPod Shuffleは君の人生に自然さを加味してくれる。Lose control。Love it。”

これはロングテール論をテストにかけるいい機会だ--Shuffleの商業的成果の僕の予想はどうなるだろうか?答えは:それに反するということだ。これが理由だ。

君のハードディスクの中の数千の曲がロングテールの性質だと思ってくれ。それを買ったか、リッピングしたか、ダウンロードしたかにしろ、全部は君のパーソナル"ヒット"ではない。いくつかの曲はアルバムで余り気にならない曲だったり、もしくはそもそも買わなければ良かったアルバムだったりする。もしくはただ単に飽きてしまった曲もある。別の言い方をすると、君のコレクションのシグナル・ノイズ比(S/N比)は商業音楽サービスぐらいかもしれないということだ。

違いは商業音楽サービスは がらくたを抑えるためにレコメンデーション、編集者のピックアップ、ベストセラーリストと派生フィルタリングを提供する。巨大な音楽コレクション(何千曲)を持っているだれもが、自分のコレクションをランダムに探っていくと間違った買い物をしたり、詰めただけのアルバムの中の曲、過去の恥ずかしい音楽などにぶち当たるだろう。僕みたいだったら、うっとおしいとすぐ感じ始めるだろう。

シャッフル機能を切る事ができて、どのプレイリストも転送することができるとわかったけど、それなら単なるミニミュージックプレイヤーの一つに過ぎないし、現在どの曲を再生しているのかを教えてくれなく、ある曲を再生するために次がどの曲なのかを覚えてなければいけない。僕が”価値を差し引く”という表現で言いたかったのはそういうことだ。それにも関わらず現在のアップルのブランドと勢いで何百万も売れるのは間違いない。でも僕はShuffleがオリジナルiPodほどの衝撃をもたらすとは思わない。

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2005年7月 4日 (月)

MAXIMUM CITY

maximumcity_3新聞業界で古いジョークがあるんだけど、第一面の話から五十ページ目の文章に目をいかせる最良の方法は"インドで(in India)”という言葉を付け加えることだってね。これはブログでも当てはまるんじゃないかな。紙とインクの中間コストが全くかからないんで、この最も注目するべき驚異的なグローバリゼーションのホットスポットの出来事について自由に記述するよ(心配しないでいい、完全にオフトピックってわけじゃない、とにかく見ててくれればわかる)。

インドは本物の中間地帯だ。シリコンバレーを変貌させている経済源でありながら、世界で最も貧乏な国の一つだ(一市民あたりのGDPは中国の半分で、アフリカの国々の多くより少ない)。バンガロールみたいにブームに湧いている都市では、豪華な家を建築するためにコンクリートを出来る限り早く注いでいる一方、国の三分の一の人達は読み書きすらできない。僕がここに来たのは、インドなしでは今日の世界を理解することはできないからだ。でも、僕は次の投稿のための具体的な質問も持っていた。これはそのうちの一つだ。

僕はボンベイ(これは英語で言われている発音だ;オリジナルは"ムンバイ(Mumbai)”でこちらの方がヒンドゥーでは普通だ)から始めて、僕が初めてではないだろうけど、衝撃的だった。地球上でこんな所は他にない。度肝を抜かれる人口密度、目眩がする社会的階級、バロックの歴史と、もちろん、悲惨な貧困。ここはアウトソースされた経済の輝かしい24/7のデジタルハブから、僕が見た中で最悪のスラム街まで何ヤードも離れていない場所で、それ自体が何かを語りかけている。これはウキウキする(テクノロジー、音楽、興味深い社会の変化)と共に、恐ろしい(病気、貧困)。

東アジアの新興の工業国家(中国、韓国、台湾)のように、ボンベイは世界のCEOが立ち寄る必須の場所になってきている。他の国とは違って、未だに時々それらのCEOを点滴のために病院送りにされる。ヒステリックな警告を聞くと、水は基本的に毒だ:冷たかろうと熱かろうとジアルジア、赤痢、ヘプチタスBが混じっている。シャワーを浴びる時に唇をしっかり閉じておかなければいけないのがどんなに難しいのか想像できないだろう。被害にあってしまった時にどういう状況だったか、みんな思い出す:水で洗ったサラダ;もう一人は氷。今の所、僕は大丈夫だ。注意深くしてきたからね。でもちょっとあるブドウが頭によぎる(皮をむいてない果物だ!)。僕は不注意にも昨夜一皿食べてしまった。それから十分は会話に集中できなかったよ。

外国特派員だったころの不満の一つは、未だに外国人みたいに感じることのできる街を見つけることだった。外国って何だい?これはどうだい:午前二時、ボンベイの中心地から車で走っていると、僕の運転手が追い越し車線で野放しされている牛以外はファルージャの瓦礫みたいなところでぐるぐる回っている。肩越しには半分裸の五歳ぐらいの女の子が燃えているゴミで照らされた、壊れたコンクリートの巨大な鋼片にしゃがみこみながらオシッコしている。彼女の後ろの看板は最新のBlackBerryの広告をしている。インドだ!

僕のボンベイのためのガイドはボンベイのダーク・ソウル;犯罪のボスからバーの女の子まで、を素晴らしく書いたSuketu Mehta著のMaximum Cityだ。僕がこの本で気に入っているのはMehtaがこの地域が破壊されていくと同時にどのように活気づいていったのかを描いているからだ。一つの例を紹介しよう:第二次世界大戦中に賃貸で設ける事を制限する為に一時的な手段として導入された地代法だ。結局この法律を撤廃させることは不可能だった、なぜなら自然として、テナントは地主を除外することができなかったからである。多くの賃貸料が実際の価値もしくは資産コストを反映していなかったため、持ち主たちはビルをそのままにしておくことで満足した。それがボンベイの特徴的な生活を決定づける:老朽化した外装に豪華な内装。

二日間の間に、僕はMTVインド、Wiproのコールセンター、インド初の天文衛星を見にTata Institute of Fundamental Research、三つの大学、コールセンター労働者をまとめるための労働者活動家の会議、そして街中の店(この理論をテストしてみるため)などを訪問した。僕はBollywood(インド映画産業)のジャズのレクチャーを聴きにいって、Drumlineのバンドが恥ずかしがるであろうダンスフェスティバルみたいなインド人の結婚式を目撃した。さらにベンチャーキャピタリスト、コンサルタント、業界アナリストとコールセンターの労働者をインタビューした。

同時に、僕は素晴らしい人々と過ごした。その中にはMonitorでの僕の友達からフェロー編集者、さらにはブロガーまでと。さらにビジネスウィークのボンベイ支局長で幅広い人脈のある、ずば抜けたManjeet Kripalaniの元に羽を伸ばした。ありがとう、Manjeet!

明日はバンガロール。

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日本人とロボットについて

astroboyオフトピックな投稿を書くのを促してくれたのは:

・踊る日本製のロボットについての”非自発的にバックホー(切削機)を操作できる”というこのスラッシュドット・ストーリーのフレーズ。
・成田空港のユナイテッド航空のラウンジで出会った、このビールを注いでくれるロボット(注意:ヌード無しの1MBのファイル。そしてロボットではなく、単なるファンシーなソーダ・マシーンだ;でも二つの注いでくれる角度と分離されたヘッドのノズルはいいね)

「Robotender.wmv」をダウンロード

これはもちろん日本人がロボットについて何かあるわけじゃない。それどころか悪くなる一方だ。ずっと。ロボット専制君主のように。これはブログだから、僕がなんでそうなるのか三つの思いつきを進言しよう:

1.歴史。日本はハイコストな労働力を抱えた工業国だ。また外国人嫌いとまで言わないまでも、島国根性という伝統がある。外国人の労働者を入れずにどうやったら国の生産能力を上げられる?ロボットだ。
2.人口統計。日本は世界で最も老けた国だ。年寄りはアシストを必要としていて、伝統的な家族構成の崩壊は、周りに助けてくれる若い人がいないことを示唆している。解決策は?ロボットだ。
3.鉄腕アトム

P.S.;バーテンダーが機械に置き換えられたって言うのに、女性がエレベーターガールとして未だに雇われているのはちょっと皮肉だと思うのは僕だけだろうか?

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デスクから離れて

これが僕の次の二週間に渡っての旅行の内輪だ:
SF(サンフランシスコ)→東京→シンガポール→ムンバイ→バンガロール→ヘルシンキ→チューリッヒ→ダボス→チューリッヒ→マンチェスター

この旅のいくつかの場所では二歳から七歳の子供四人と一緒だよ。

投稿は軽めにする。

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ロングテールTV:結論

magestic_2今まで僕は偉そうなエコノミスト・モードだった(ブログをするのに最適じゃないか?)が、チャートと統計を置いて、本題に移ろう:一体どんな種類のテレビが対象なのか?例えば、何かしらの例はあるのか?

実際ある。でも最初に、僕がロングテールTVが何を意味しているのかを煎じめてみよう。このコンテキストでのロングテールの定義は:”伝統的なチャンネルの配信では手に入らなかったが、それにも関わらず視聴者はいたもの。”大部分はニッチなコンテンツだ。それが作られた時はニッチではなかったかもしれないものや、元々ニッチなものから、現在ではニッチであると勘定できるもの全て。これは次のものも含まれる:

1)君が住んでいる地域では放送されていないテレビ番組

・君のケーブル提供者が放送しないチャンネル
・海外のテレビ
・君がいないローカルなスポーツとイベント

2)古いテレビ番組

・遥か昔から比較的最近の、アーカイブからのテレビ。
・録画するのをミスしたか忘れてしまった最近の番組

3)ブロードキャストされていないあらゆる種類のビデオ(動くイメージのコレクションでインターネット・アーカイブで見つかるビデオで、これはいい例としてPrelingerアーカイブからSIGGRAPHアニメーションまで)

・インディペンデント映画
・コマーシャル(ブロードキャストされているがスケジュールされてなく見つけられない)
・ニュースを含むアマチュアのビデオ
・絞り込まれたオーディエンスのための商業的な企業のビデオ

4)いい視聴者を見つけられる方法さえあれば作られるであろうビデオ。(Steve Rosenbaumはこれらについて同様にブログしている)それがどうなるかはブロードキャストウェブが現実になった時にオンラインビデオを観ることだ。

・MoveOnからの政治的なビデオのマッシュアップ(訳注:mashupは既存の曲をミックスしたものから、色々な用途で使われるようになった)。スケートボーダーが彼らのスタントと技を録画して配信する。目撃者のビデオはいくらでも。アマチュアのポルノ。ビデオゲームのmachinima。その他...

JibJab Media(サウスパークみたいなもののホーム"This Land")の記事はこのようなものを歓迎している。記事によると、ウェブ・ビデオのようなものは"デジタルビデオはFellinisが利益を得ようとしている生まれたばかりのオンラインのショート・フィルム小さな産業を引き起こしている。”
・無限のリアリティー番組

どうやってそれらを見つける?まぁ、YahooのメディアRSSを含む目立つビデオサーチが始まりだ。(僕は探していたHalo 2 Physics Hacksビデオを見つけるためにつかった)ChoiceStreamのような良質のレコメンデーション・エンジンと組み合わせたら面白くなりそうだ。

最後にまたThomas Hawkを引用して終わる:

もし現在、CSI Miamiを観ているとしても、僕が週末大好きなハングライダーをしに行くとして、カリフォルニアのハンググライディング・チャンピオンシップがマイクロコンテント・プラットフォームを通じてブロードキャストされるとしたら、僕は結局CSIの代わりにそれを観るだろう。

もし今日、何らかのネットワーク・テレビを観ているとしても、僕はそれよりハンター・S・トンプソンを読んでいるほうが好きだ。それで、僕のマイクロコンテント・プラットフォームにワイオミング大学からハンター・S・トンプソンの話が届けられたとしよう。結局CSIの代わりにそれを観るだろう。

もし僕が16歳で、僕のお気に入りのバンドがヒットチャートの人達の代わりに、最新のスケート・パンク音楽だったら、僕にとってアメリカンアイドルより簡単に作られ、僕のマイクロコンテント・プラットフォームに届けられた特注のスケート・パンク音楽の番組の方に興味が湧くだろう。

いいね。

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ロングテールTV:ウィッシュリスト

free_to_a_good_home_1Mark Cubanのテレビの未来の為の三つの素晴らしいビジネスアイデアからインスパイアされた、あるアイデアを紹介しよう。ブログと他の人々の声がテレビの趣向を牽引してくれるため(テールの下に需要が行くと推測している)の方法で、ぜひ誰かが実行してほしい。賢いDVRメーカーが他のライバルから突出するための付加価値になる機能になるかもしれない。

DVRの問題は、僕がテレビの前に座っている時、僕はプログラムをしたくないということだ。僕は観たいのだ。同様に、僕がTVのある素晴らしいレコメンデーションを聞いた時、僕は大体テレビの近くにいない--外で友達と話してたり、ブログを読んでいたり。僕はそんな時、家に帰った時にDVRをプログラムする為に頭に記憶させておく(すぐ忘れてしまう)より、そんなレコメンデーションがあった際にまだ頭が鮮明な内に動きたい。

TiVoがオンラインプログラミングがあるということと、Media CenterのOrb(マイクロソフトがMSNを使ってリモートプログラミングができるようにベータテストを行っている)でも同様の事ができることを知った。でも、まだ十分に簡単とは言えない。それら全てがどこかのサイトにログしなければいけず、スケジュールを追うか、検索しなければいけず、それからある選択肢を選ばなければいけない(最悪な時は、TiVoを使っている場合、最低番組の一時間前に行わなければいけない)。ましてや、最もみんなが自分が好きなテレビについて話しているバーで携帯電話からそんなことなんてできやしない。

そのかわり、僕が欲しいのは、これらのことをオンラインで見つかるレコメンデーションをより簡単にできる、ブラウザーのプラグインだ。僕が録画したいテレビ番組を見つけた時、それをハイライトしてライトクリック(マックユーザーはお気に入りのショートカットを)することだ。ポップアップメニューに現れる新しいオプションは”DVRに録画する”だ。それを選択したら、アプリケーションが素早い検索をフレーズに関して行い、僕がほしい詳細を充分な情報と共に返してくれる。

(George HotellingはTiVoはある番組に関して固定リンクを設けさせ、TiVo Central Onlineへダイレクトに飛ぶ方法があると記している。それは素晴らしいが、ブログの作者が新しい記事がレビューをTiVoリモートプログラミングにリンクを貼付けなければいけない。僕が提案しているのは作者の深慮ではなく、番組についての記述がこのように使われるという読者の認識でもない。)

PCヴァージョンはこんなような見栄えになるかもしれない。
mockup_copy

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