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2005年9月26日 (月)

さらに悪質な"ヘッド主義"

いかに多くの時、僕らがヒット中心の考え方の罠にハマってしまうのかは驚くばかりだ。僕は以前の、"ヘッド主義"の危険性の投稿でいくつかの例を出した(もしくは"ヒット主義"にするべきか、アドバイスを頼む)が、毎日新たな例が出てくる。

今日の例は世界をトップ10、100と500のリストで見る間違いについてだ。人気によるランクは何ら問題ない--結局、それは"群衆の知恵"フィルターの例に過ぎないからだ--だが余りに多くの場合、これらのリストはあらゆる種類のニッチ、ジャンル、サブジャンルとカテゴリーを一色くたにしてしまう.。

ケースをあげよう:Feedsterのトップ500ブログだ。これはトップ10のブログ(をリンクの数で)を次のように上げる。

  1. Engadget
  2. deviantART.com
  3. Boing Boing
  4. Albino Blacksheep
  5. Daily Kos
  6. The News is NowPublic.com
  7. Fleshbot
  8. Gizmodo
  9. Michelle Malkin
  10. PostSecret

一方、テクノラティはトップ100のリストをアップデートしており(これもまたリンクで)、次のようだ:

  1. Boing Boing: A Directory of Wonderful Things
  2. Daily Kos: State of the Nation
  3. Drew Curtis' FARK.com
  4. Gizmodo: The Gadgets Weblog
  5. Instapundit.com
  6. Engadget
  7. PostSecret
  8. Talking Points Memo: by Joshua Micah Marshall
  9. Davenetics Politics Media Musings
  10. dooce

僕らが学んできたことは(リンクを数える方法ことは未だにごたまぜの科学であるということ以外に)?まぁ、大して無い。それぞれのリストでたくさんのガジェット・ブログがあり、二つか三つの政治ブログ、いくつかのカテゴリー化できないサブカルチャーもの(BoingBoing, Fark)、一つの個人ブログ(dooce)、そしてFlash開発者のサイト(Albino Blacksheep)。

これらのリストは別の言葉を使うと、関係のないもののほぼランダムなコレクションだ。

アナロジーを使うと、トップ・ブログのリストは今日のスーパーマーケットのベストセラーは次のようなものだと言うことと同種だ:

  1. DairyFresh 2% Vitamin D Milk
  2. Hayseed Farms mixed grain Bread
  3. Bananas, assorted bunches
  4. Crunchios cereal, large size
  5. DietWhoopsy, 12-pack, cans
  6. and so on...

何を意味するかというとどうでもいいということだ。誰もバナナがソフトドリンクより売れているかは関心がない。何が関心を呼ぶかというと、どのソフトドリンクが別のソフトドリンクと比べてより売れているかどうかだ。リストは文脈内だけ、カテゴリー内で同類と比べる、時だけ意味をなす

Jeff Jarvisは昨日、このポイントをうまく説明してくれた

Ad Ageが雑誌の売り上げのリストを出す時、女性ものとエンターテイメントものとビジネスものを分ける;大きなメディアでは、それらはニッチとして通っており、はるかに価値ある比較だ。新聞について話す時、主要都市のものとタウンペーパーと業界紙を比較したりしない;それは価値のない比較だ。もし誰かが編み物のブロガーの女王だと教えてくれれば聴く耳を持つ...そして編み物の広告主も同様だ。

そしてClickZも同様に文句を言っている

[Feedsterのリストは]ClickZ Newsに対して話してくれた様々なエグゼクティブによると、怪しげな価値をメディアの買い手の評価ツールとして圧縮している。なぜなら、彼らはマーケッターへの主なアピールであるブログをニッチ、もしくはトピックにフォーカスしたものでランクしないからだ。

僕の解釈:これはニッチをニッチとして取り扱わなければいけないもう一つの注意だ。ある幅広く多様な三次元のマーケット場を一次元のレンズ越しに見ると、全く意味をなさなくなる。それはリストかもしれないが、意味をもたない。意味をなすものはジャンル(あるいはサブジャンル)内のランキングで、ジャンルを越えたものではない。

これについて過去に少し触れて、"うまく切り分けられたアグリゲーター"で議論し、ロングテールをそれぞれがニッチのレベルで適切に取り込まれた"ミニテール"のコレクションだとみなす方法を提案した。

それはここで話されてきた音楽サービスの例へもつながる。何でもできる(one-size-fits-all)サービスの問題は、音楽を同じ方法で扱うことで、最小公倍数の支配者の問題の苦しみを味わう。ジャンルに特化したものは一方、ある特定の種類の音楽に最適化されているが、それ以外の巨大な音楽の世界へ簡単に統合されていない。問題は、そして大きなチャンスは、ブログのリストや他のヒット中心主義のランキングが陥る統一性の無いという問題を避ける傍ら、どのように両方を行うかである。

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より良い音楽サービスを作り出す方法、パート2

昨日の投稿で僕が求めていたものを、色々な度合いで提供しているサイトやサービスの例を書いてくれたみんな、ありがとう。今でも部分的に実装しているものはたくさんあるようだけど、全てを持ったものは(まだ)ない。

今日では次のものがある:A)豊富な情報、豊富なメタデータ、そしてどのような方法にでもライブラリーに整理することにできる能力;でも業界のスタンダードのトラックをダウンロード、ストリーミング、カスタム・ラジオチャンネルの全てを備えた音楽サービスでは駄目だ。もしくは:B)全てのスタンダードな商業音楽サービスの機能だ。

だが両方は手に入らない。

このカテゴリーAの中で、組み合わせると僕がずっと望んでいるもののいくつかを提供しているものを次に示す。でもそのどれもが、僕がチェックした限りでは、全ての昨日を備えた聴ける/買えるサービスではない:

AllMusic.com (情報は素晴らしいが、ストリーミング、ダウンロード、あるいはラジオはない)
MusicBrainz (wikiスタイル、音楽は聴けない)
Last.FM (audiscrobbleを統合している;ラジオだけだ)
upto11 (音楽は聴けない)
Discogs (音楽は聴けない)

また、Pandora (元SavageBeast)、MusicStrandsLivePlasmaのようなたくさんの音楽レコメンデーションサービスがある。

でもなぜこれらのサービスがiTunes、Rhapsody、Yahoo! Music, MSN MusicやNapsterに統合されていないのか?結局、IMDBなどでは驚異的にうまくいき、アマゾンの一部であるにもかかわらず。なぜ同様に音楽ではないのか?

Barry Riholtzのemailでは四つの説明をしている:

1. 映画に比べて、音楽の量は遥かに多い、よって[そのほとんどをカバーする豊富なデータベースは]ちょっと"kludgy"になりかねない。

2. 音楽の趣向はよりパーソナルで、映画に比べてコミューナルな(共同体的な)部分は少ない;ほとんどの音楽のレコメンデーション・エンジンは映画のものに比べて成功していない;[Chris: Barryとこれについては同意するかはわからない]

3. 僕らのアイロニーの時代では、映画の言語は音楽の言語より遥かにアクセスしやすい。Animal HouseとCaddyshack以来、僕らはどんな状況でも映画からの引用を用いる。音楽ではそうじゃない(それはなぜ才能ある音楽ディレクターが映画に違いをもたらせるかにつながる);

4. 音楽の共通語は映画に比べて遥かに幅広く深く、より小さなニッチに仕向ける。[Chris: これについてBarryと同意するかは微妙だ]

この話題についての前の投稿コメントで、Ryan Shawはより暗い説明を提案している:

より広い露出をしてこなかった一つの理由は、Gracenoteのような強力な力がこれらのオープンなプロジェクト、これらを彼らは望ましいメタデータの独占に対する脅威と見なしている、と共同で働くことに関して脅しているからだ思う。これは、見当違いのレコード会社が彼らの関するものなら、どんな情報でさえ100%彼らが所有していると考えているのは言うまでもない。

最後に、多くの人達がGoogleがiTunesと何かしらのリンクを提供しようとしているというについて触れていた。僕は短期間でそれについて対してきたいしていないけど、これらはGoogleが解く事を得意とする問題の種類だ。情報はそこにある、人々はほしがっている、そして新しい大きなマーケットを作り出すためには供給を需要とコネクトすることだ。早いうちのそれが実現することを希望する。

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音楽を探すより良い方法

今までリリースされた、ほとんどどの曲でもワンクリックでアクセスできることはスリリングで、もっと注文するなと言われるかもしれない。だけど僕はする。なぜ現世代の音楽サービスはこんなにアホなのか?

レコメンデーション、プレイリスト、さらには細かいジャンルの分類(これはRhapsodyが一番だ)などは素晴らしいが、それでは充分ではない。僕は自分の音楽の世界を自分なりに再秩序化したいし、僕のやり方は隣の奴の方法とはことなる。映画の世界ではこれは簡単だ、なぜなら、それぞれのキャスト、クルーのメンバーから関わり合った企業まで、あらゆる関連のあるものをリンクで紹介してくれるIMDBがあるからだ。ならなんで同様のものが音楽に対して無いのか?

バンド、パフォーマーとアルバム間に交互にインデックスされた価値のある世界があるはずだ。考えてくれ:"このジャンルで1980-1985年の間にワシントンDCで活動していた他のバンド"みたいに。でもiTunes、Napster、Yahoo Music、そしてRhapsodyですら全くそれらを提供していない。あるアルバムの情報が必需の情報以外のメタデータを含んでいるさいですら、それらはハイパーリンクされていないので、他の関連性のある音楽を探すさいに整理して、再秩序化することはできない。例えば、なぜ主なサービスでレコード・レーベルごとに検索できないかは謎だ。Wax Traxからもっと聴きたいだって?幸運を祈ってくれ。

ここに、僕がどのドラックにもついていてクリック可能だったら素晴らしいと思ういくつかのデータの領域(アーティストとタイトル以外の)があり、より素晴らしい音楽の発見プロセスを満足させるために、それらかそれらのコンビネーションで残りのコレクションをフィルターできたらいいと思う。これらの情報はそこら中のどこかに散らばっている;もしレコード会社が必要な情報を提供できないなら、どこかの賢い音楽サービスがユーザー主導でそれらをまとめられるようなウィキペディアみたいなシステムを作るべきだ。

・影響を受けたアーティスト
・出身地(特にローカルなシーンに対して)
・活動期間
・レーベル
・プロデューサー
・スピンオフ・バンド(同じメンバー数人による他のバンド)
・"ムーブメント"(同じ時代と場所の同じようなバンド)

クラシック音楽に対しては、違うようなリストになり、次のようなものが含まれるだろう:

・作曲者
・指揮者
・ソロ演奏者
・オーケストラ
・レーベル

僕のこのトピックに関しての最新の投稿に対してのコメントをしてくれた人たちは、いくつかのサイトはこれらについて商業サイトよりもいい働きをしていると提案してくれた。例えばDiscogsは、ユーザーが作ったディスコグラフィーでこれらのいくつかを実施しようとしているが、今の所まだまだだし、音楽を直接買ったり聴いたりする方法を提供していない。Upto11はウィキペディアの情報を統合しているが、アマゾンかiTunesでしか買えないリンクしか提供していない。これらの努力が何をしようとしているのか感心するが、究極的には全てを含む音楽サービスへ統合されなければいけない。今は2005年だ--なぜ既にこれらは行われていなかったのか?

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2005年9月23日 (金)

80:20の法則の改訂

多くの人達が、アマゾンのロングテール売り上げが20%から36%の間という、僕らの最新の概算が"伝統的な80:20の法則とそんなに違わないではないか"と述べ、ロングテール・マーケットの特異性を減少させるのでは、と示唆した。僕は、これはロングテールの文脈では間違った読みだと思う(何度何度も罪深く感じてきたけど)。ここではっきりさせようか。

80:20の法則は何にでも意味を持たせることのできるフレーズの一種だ。でもリテールでは、主にあるカテゴリーにおいて、20%の商品が売り上げの80%にあたるという経験則だ。基本的にはヒットの経済だ:少量のベストセラーがビジネスのほとんどの部分に相当する。このような歪められた配給/配信はほとんどのマーケットで一般的で、ロングテール・マーケッター(それほど歪められていないにせよ)でもそうだ--単純にこれはべき乗法則分布の作用で、どこにでも遍在している。

ロングテール・マーケットで異なるのは、その歪められた配信/配給の帰結だ。何回かはっきりロングテールがどのように80:20の法則の前提を変化させるのかを説明するのに失敗した今、もっとハッキリするようにこのグラフィックを書いた:
new8020_1
このグラフのトップの部分が示しているのは、20%の商品が80%の収入と、実質的に全ての利益(なぜならハイリターン商品はより効率よく棚スペースを使用するからだ)に相当する伝統的なリテールを単純化した筋書きだ。でも、下のロングテール・マーケット、棚スペースが無限大で、ニッチ商品を置くコストが大雑把にいってヒット商品と変わらない、ところでは三つの違いがある:

1. より多くの商品を提供できる。
2. (レコメンデーションその他のフィルターのおかげで)それらの商品を探すのが簡単なので、売り上げはヒットとニッチの間でより均等に散らばる。
3. ニッチの経済は大雑把に言ってヒットの経済と同じなので、利益は売り上げ同様に散らばる。

今度はこれをアマゾンのケースに当てはめよう。僕らはアマゾンのロングテール売り上げを57%から25-36%に改訂した。これは上のグラフの黄色いバーの部分に相当する--バーンズ&ノーブルみたなオフライン販売では手に入らない本の売り上げだ。(グラフィックはイメージにすぎず実際のデータではない。だが議論のため、本のロングテール売り上げに関しては、僕らの現在の想定の低い方、25%を用いている)

この変化による顛末は何か?初心者にとっては、単純にアマゾンが他のロングテールのリテーラー、両者共主なオフライン・リテーラーに置いていない商品の売り上げが20%と30%だったNetflixとRhapsody、と同じになるだけだと見るだろう。注意して欲しいのは、調査をし始めてからこの数字は伸び続けているということだ。例としてRhapsodyは23%から28%に増加した。よってアマゾンの分析のエラーを訂正したとしても、この数字は未だに重要であり、伸び続けている

第二に、オフラインで入手できない本の売り上げだけが唯一のロングテール効果だとは思わないでほしい。アマゾンは同時に、オフラインで入手できる、ニッチな本をもっと売っている(需要曲線を平らにする効果のあるレコメンデーション、検索、レビューその他のおかげだ)。またそれらのニッチの売り上げでよりお金を儲けている、なぜならそれらは希少な棚スペースを消費しないからだ。組み合わせると、これら全てを含めた効果である下記右のバーのようになる。

次に80:20の法則を振り返ろう。ロングテール効果は80:20の減少を悪化させると見ることができよう。今ではたくさんの入手できる商品がありすぎるので、まだほとんどの売り上げの相当するヒットは、総収入のさらに小さな部分になっている。例えば、百万曲があるRhapsodyのケースだと、80:8のルールの方が近い;たった8%の曲が売り上げの80%に占める。それが在庫に制限無しに商品を加えた時に起こることだ;たくさん売り上げるパーセンテージは縮小する

これは重要なロングテールのレッスンへ導いてくれる:パーセンテージだけが問題ではないのだ。絶対的な売り上げが重要なのだ。それぞれのニッチ商品はたくさん売れないかもしれないが、それらがたくさんあり、またそれらを本当に効率的に売ることができるので、ニッチ全体のアグリゲートされた売り上げは新しい大きな収益源--そして利益--に追加される。

僕の80:20に関する元の主題、80:20の終わりとは微妙に違う、では次のようだった(僕の時折の大言壮語に関わらず):

"伝統的なオフラインのリテーラーで売り上げの80%に相当する商品はロングテールのリテーラーでは50%にしか相当しない。残り--伝統的なリテーリでは全く入手できない商品を含む--は50%に相当する。"

これを上のグラフで見ることができる。伝統的なマーケットでは商品の20%(上部左の赤い部分)は80%の売り上げに相当する(上部中央)が、同じ商品がロングテール・マーケットでは50%にしか過ぎない。僕は時々、だらしなくそれを"80:20の法則が50:50の法則に変わっている"と略すことがある。でも、恥知らずに言葉の定義を全く違う方向に導いたりする。なぜ混乱があったかわかる。僕のせいだ。

確かなデータを集めた時、この主題が本当になるかどうか疑問に思うかもしれない。今の所、近いところだ。トップ1,500のアルバムは、ウォルマートのような伝統的なリテールのCDの売り上げの80%を占めているが、Rhapsodyの売り上げの40%しか占めていない。Netflixのデータは50%に近い。そして、アマゾンの方法論をもっと確かにすることができれば、この主題をそれに対してテストすることも可能だろう。君に知らせる。

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2005年9月22日 (木)

アマゾンの方法論のアップデート

僕らのオリジナルのアマゾンのロングテールの売り上げの概算に使った研究を行ったチームを率いた、MIT経済学者のErik BrynjolfssonとMichael Smithは、僕の以前のアマゾンのロングテール売り上げを概算する方法の投稿に応えてくれた。最終結果は、彼らの最新の考えと研究は未だに(ロングテールの売り上げの)概算は35%から40%と出ており、Rosenthalの幅の最も高い部分にあたる。でも、もしアマゾンのトップ100セールスがこのモデルより高いと仮定すると、数字は20%中盤へと近づく可能性もある。次のステップは、特にベストセラーに関してもっと確かなデータを合わせることだ。幸運にも本が出るまでにできそうだ。

Brynjolfsson教授とSmith教授はこう書いている:

ブログは、ますます重要性が増すロングテールの議論をするには素晴らしい方法で、Morris Rosenthalが分析をアップデートをするのを見れて嬉しく思う。ここに、アマゾンのロングテールの議論に加えるための考えだ:

1. 2002年のオリジナルの論文ではJeffrey Huと共に概算し、2001年の夏に何週間にも渡って観察された、週間売り上げ量と、321のタイトルに関しての週間平均売り上げランクを関連させたデータを提供してくれた、大きな出版社(名前を伏せておくように頼まれた)のデータを用いた。最終的に861のデータポイントを集めた。出版社は250より下から1,000,000までのランクを含めてくれた。これらのポイントは顕著にパレート(またはlog-log)曲線にフィットし、100,000より下のタイトルのアマゾンの本の売り上げが39,2%だという僕らの概算に辿り着いた。(偶然にも100,000は典型的なバーンズ&ノーブルの店に置いてあるタイトル数だ;平均的な本屋ではこの数字は約40,000だ)

2. この予測はパレートの曲線が、本当にトップ(ランクが250より上のもの)と本当に下位(ランクが1,000,000より下)のもの両者を近似化する際に、うまく働いてくれるという仮定にかかっている。もしこれが真ではなかったら、本当の売り上げを上回っているか下回っていることになる。また、アマゾンにおけるタイトル数の仮定、僕らの論文では2,300,000(これは当時の印刷された本の数)だとした、にかかっている。2,000,000だと仮定すると37.8%になり、2,500,000だと39.9%になる。

3. 他の人達も同じような概算を作り上げた。最も知られているのが、同じ時に研究を行ったJudy ChevalierとAustan Goolsbeeはパレート曲線のフィットを近似させるために、アマゾンから購入して、実験前後のランクを観察する、という実験を発展させた。また、彼らは当時入手できた他の別々の概算を使って同じような実験をおこなった。(君がこのブログで、僕らがこのテクニックを生み出したというクレジットをくれたことは寛大すぎたね、実際僕らはその後の僕らの論文のドラフトでそれらを合体させた)。僕らが思うに、出版社からのデータが多ければ多い程、信頼性が高いが、論文にも書いた通り、両者のアプローチはそれでも幅広い範囲で同じ概算を導きだした。2004年の半ばでは、Michael Smithは実験に基づくテクニックを使って、アマゾンのパレートについて自身のカリブレーション(補正、こう正)を行った。これらの四つのソースから僕らの上記の計算へ見通しを適用させると、アマゾンのロングテール売り上げの概算は27.7%から44.5%になる。

4. よって、僕らは始めるにあたっては35から40%が最も適当な数字だと信じている。これは僕らの最初の39.2%の予想とアマゾンの最新のランキング・アルゴリズムを使ったRosenthal氏の予想、両者を内包している。

でも、もしパレートの仮定が最高位、あるいは最低位のランクされた本において違反していれば、25%だと僕らを説得することができるだろう。(だけど、僕らのオリジナルのデータがパレートの仮定とよく一致したと思うし、あるとしたら通常のロングテールよりわずかに太いだけだ)

いずれにしても、僕は君のブログのコメントのスピリットに賛同する--木を見て森を見るという状態だけは避けよう。本当の数字がどこに位置していようが、消費者と賢い制作者にとってロングテール・マーケットにより起こされた価値は確かだ。僕らの元の研究では、消費者にとって本における"ロングテール"へのアクセスの価値は一年間あたり約10億ドルだとした。疑問を挟む余地がなく今では遥かに多い。そしてこの価値--君の仕事が確認した他のロングテール産業と組み合わさると--は本物だ。

僕らは新しいデータと手法で、この領域において研究を続けている。まだ報告することはないが、以前の結果は、増々重要性が増すこの現象に関して、僕らは正しい方向に言っていると示唆している。

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マーク・キューバンの盲点

benefactor_markcuban [アップデート;下の方を見てくれ]

僕がマーク・キューバンのファンだという記録があることは承知しているが、今回に関しては彼は間違っている。彼はそんなに難しくとは思えない、George"The End of Television"Gilderとバトルした。スタートは良かったが、Aaron Spellingの"テレビは全くの退屈からの最低限の抵抗だ"というアルゴリズムを引用した際、理論は急激に的外れになっていった:

Georgeその他は無限の選択がテレビのホーリー・グレイル(聖杯)だと考えているようだが、それは違う。

理由は、無限の選択において、探すのが大変すぎるからではない。僕らが何を観たいのか考えるのが大変すぎるからだ。僕らは本当に観たいと思わないものを見逃してしまうかもしれないと心配している。別の表現をすると、売り場が無限の店で番組を買うのは難しすぎるということだ。ストレスがたまるし、大変過ぎる。それこそが僕らがチャンネルをしょっちゅう変えながら観ているか、ネットをサーフしている理由で、僕らは結局同じ10, 15, 20チャンネル/サイトを廻っていることになる。最低限の抵抗の結末だ。

そこに問題がある。これは人々がインターネットについて言ってきたことだ--"あまりにたくさんありすぎる;ほしいものを探すのが大変すぎる"--とGoogle以前の時代に。今では、僕らは"無限の選択肢を散策"したりしない。その代わり検索し、ソフトウェアによる整理されたランク結果か、多くの場合僕らが求めているものを最初のページに表示してくれる関係度合い、もしくはレコメンデーション、により僕らが好きそうなものを提案してくれるのを待つ、iTunesとアマゾンみたいにね。実際、キューバンは彼がどれほどiTunesとAmazonで買い物をするのが好きなのかに触れている。もちろん成功するインターネットTVも同じように働くのではないか?

まぁ、キューバンはそうだと言っている:

オンデマンドTVの選択肢が何千もある点に行き着くと、僕らは特定のターゲットを求める検索エンジンに対してやるような方法ではテレビ番組に対しては接しないだろう。それは大変すぎる。賢いオンデマンド提供者は自身のプログラムガイドをAmazon.comやNetflix.comに近いやり方で提供するだろう。どちらも"連想番組(suggestive programming)"の素晴らしい仕事をする。
以前観た番組に基づき、僕らが好きそうな番組のオプションがついたパーソナライズ化されたページができるだろう。それから、違うカテゴリーの番組、最も高く評価された番組、最も観られた番組、最新の番組、そしてレコメンデーションをしてくれるブランド化されたガイドの"プレイリスト"が付随するだろう。これら全てが、僕らが一定の自信を持って選択することを簡単にしてくれるだろう。何かを見逃したり、もし番組が気に入らなかったら、簡単に別のセレクションが見つかるところに素早く戻れるようになるだろう。

いいね。だったら問題は何だい?Gilderがビデオ番組の終焉を予想していないことを思い出すと、彼は僕らが知っているようなテレビの終焉を予想していて、それはいわゆるブロードキャスト・テレビだ。これは有限数のチャンネルが、経済が働くように、充分に視聴者を集めることができそうなコンテンツを探している状態だ。

インターネットTVは一方、単にiTunesとNetflixみたいなものだ--カスタム化されているか、検索を通して明白に表現されていようが、僕らの視聴習慣、個人的なプロフィールから、自動的に興味のむく方向に公開されている、個々のコンテント単位の無限数だ。これはチャンネルの死で、ビデオ番組の死ではない。Gilderは"テレビ"を伝統的なブロードキャストTV(広告で中断される)と定義したに過ぎず、インターネットTVは別物だ。それ(ビデオ番組)を退けるどころか、彼は何か別のものが素晴らしい未来を持っていると考えていて、それはキューバンが彼自身ある日、無限の選択肢の説明できない嘲りを受けた時と一致している。

簡単に言うと、キューバンが正しい点は、甚大なテレビのバラエティーの世界で簡単に楽しむためには、僕らは、賢く、パーソナライズされたレコメンデーションと"連想させる番組(suggestive programming)"が必要だということだ。でも彼はGilderの無限の選択肢モデルに矛盾したものを提案する点では間違っている。

Gilderが批判しているのは、有限数のチャンネルができる限り大きな視聴者を集積させなければいけなかった、ブロードキャストTVの経済で要求されていた最小公倍数的な支配者のモデルだ。キューバンはGilderの別の選択モデルがGoogle、ほしいものが事前にわかっていてそれから検索するモデル、だと考えているように見える。でもそれは全くGilderが言っていることではない。彼(キューバン)は、人々が豊富な選択の巨大なマーケットにおける、どのように好きなものを見つけるかということに関して不可知だ。それは賢いプログラムガイドだったりパーソナライズされたフィルターだったりすることも可能だ。彼(Gilder)のポイントは人々がどのようにほしいものを見つけようが、現在の希少性におけるプレ・フィルターされた世界より、最終的にはより満足するものが得られるようになるということだ。

僕は実際、キューバンとGilderは同意すると思う。無限の選択肢は、選択の苦しむになるとは限らない。多ければ良くなるかもしれない。どちらにしろ、伝統的なブロードキャストのモデルは置き換えられるだろう。

アップデート

ブロードキャスト配信を擁護するコメントをしたあと、マークは自身のブログで、ブロードキャストはなぜ永久に僕らと共にあるのかについてどう考えているか長い説明をしている。

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アマゾンのロングテール売り上げを概算する方法論

amazon [アップデート:MITチームの新しい分析をここに投稿した]

僕のオリジナル記事で最も引用されているデータの一つが、アマゾンの本の売り上げの57%が、典型的なバーンズ&ノーブルに置かれている100,000冊の本以上だという定義で、ロングテール上のものだということだ(僕らは時に、大きな店の在庫である130,000冊を使うこともある)。僕らはそれらのデータを、今のところアマゾンについて最高の経済論文の一つを作り出したMITスローン校のチームと一緒に働いて得た。株式会社として調査されることを避け、売り上げの概算に関してどんなヒントも出さないので、MITのチームはアマゾンが提供する情報からリヴァース・エンジニアリングで主に個々のタイトルのセールスランクから導きだそうとした。

彼らが行った調査法は様々なランクの本を買い、その購買行為によってセールスランクがどのように変化したかを観察することだ。それらの絶対数での売り上げとランクの変化から、彼らは売り上げのランクを計算することができた。2002-2--3データに基づくその曲線では、売り上げの39.2%はランクで100,000以下だった。僕らはそれを2004年のアマゾンのデータを用いてアップデートを行い、その記事では57%を示した。

僕らの手にある他の全てのデータのセット、NetflixやRhapsodyなど、は20-25%のロングテール売り上げを示し(実存する店が置いている商品の数と比較した)、このMITの方法論は確かに見えて、アマゾンはこれについてコメントしなかった。よって僕らはそれを採用することにした。現存するデータでは最高のものだった。

出版後、数字は眉をひそめさせた。まぁ、これは他の本のマーケットが経験していたどれよりも上だったからだ。さらに、僕らはアマゾンのセールスランキングのアルゴリズムは悪名高くファンキーだったことを聞かされていたからだ:実際、どうやらある点で履歴現象を示しており、あるセールスの基準点がクロスされるとランクのステップが何千も遡ってしまっていた。最後に、アマゾンのソースはMITの方法論がヘッド(トップ100)のセールスを数え落とししており、それがテールを過度に数えていたかもしれない。

その後に、僕はこの数字についてジェフ・ベゾスと話す機会があり、彼は正確な数字を把握していなかったが、僕らの数字は高すぎると考えているようだった。彼は20%前後に近く、他の例と同じぐらいだと推測した。十月に、この議論についてここに投稿した。

本では、この数字を正しくすることは明らかに重要だ、最低でもより正しくしたく、アマゾンは未だにその具体的な数字を出していないが、少なくても僕らはそれをリヴァース・エンジニアリングする時はより豊富な経験を得た。他のアカデミック機関や専門家の数人はそれ以後同じことを企てた。

僕はそのうちの一人、Foner BooksのMorris Rosenthalに、彼がアマゾンのセールスランクから売り上げの絶対数を相互に関連づけるために過去二年間行った分析について聞き、ロングテールにそのアプローチを適用させた。幸運なことに、彼はリベンジのためにそのプロジェクトを行い、何がアマゾンのセールスを概算するための最適の分析方法なのかの発端を作り出した。

僕は彼の研究方法と結論を他の人がそれを改善するのを期待しながら、ここに投稿する予定だ。Rosenthalと僕がなぜこれを行うのかというと、僕らはこの方法論がまだ不完全で、その結果も的外れの可能性があるからだ。よってフィードバックとアドバイスを待っている。

MITチーム同様、Rosenthalは本を買い、それがランクをどのように変化させるのかを観ている。違いはアマゾンが去年そのランキング方法を刷新したことで、僕らは今では照合するため、他のデータポイントがあるということだ。僕は彼の説明を次に簡略化するが、全てを見たかったらここにある。

底辺:彼の研究と積極的な仮定はロングテール(トップ100,000未満の本)をアマゾンの本の売り上げの36%にした。アマゾンの本による収入と照合すると20%中盤から後半になるようだ。どちらにしろ、それは57%、さらには39&より少ない。だが、ロングテールはそれでもアマゾンの本のビジネスの四分の一から三分の一へ位置しており、どんな基準にしろ重要な割合である。

Rosenthalが書いたものの要約

売り上げ比の基本の概算は、僕が去年の十一月に手動で集めた本のコレクションの1,000データポイントを越えるものから来ており、www.fonerbooks.com/surfing.htmにあり、人工的に買ったものを含む僕のランクの同等のグラフへアップデートした。

新しいシステム上では、どんなタイトルの売り上げの二つ、いつ売れたのかに関係なく、は数時間の間トップ50,000の本へ突き進む。正確なランクと留まる時間の長さは週の日、季節などにより異なる。衰えていく比率は購入からの最初の24時間で最も早く、最初の24時間で100,000から175,000の間で落ち、これは繰り返すが日や季節により異なる。特定するのは、ランキングシステム全体の頻出するフリーズのために思っているより難しい。最初の急激な動きのあと、ちょっとした履歴を辿る。ほとんど売れることのないものは次の日100,000も下がり、その週の間に400,000、さらに次の週に200,000、そのあと何週間か150,000ずつ下がる。その間売り上げが無い間、八ヶ月後の今では2,000,000になっている。

同様に、本当の購買か人工的な購買により、アマゾンで最低20売り上げた他のあるまれな商品に関しては、初期の減少比率は最初の24時間で大体75,000、それから数日の間は30,000/日、そして数週間に渡って20,000/日になる。800,000から1,000,000の間に位置している時、古いシステムでは生き残っていたが、安定性は少し常軌を逸したものになり、何日かで改善される。しかしながら、僕が言える限りは、テールの奥深くの新しいタイトルが売り上げを記録すると、ゆっくりランクを下げるが、それが起こる確率は素早く減少する。

テストされたわけではないが、これから簡単な結論が導きだされる

1) アマゾンは約2,000,000ものタイトルをここ八ヶ月間で売りさばいた
2) アマゾンは一日で150,000から200,000のタイトルを売りあげる。トップ30,000のタイトルは一日平均1点を上回る。
3) トップ100,000のなかでは、70,000のタイトルがその日のうち1点しか売り上げなかったということを概算できる。直線のlog-logグラフでは、トップ10,000から30,000の間に位置する20,000個は28,000点の売り上げに相当する。よってボディーでは98,000点の売り上げ、対ロングテールでは100,000点の売り上げで、トップ10,000の売り上げは次だ。
4) ランクが1,000から10,000のものは日に1点以上売り上げていて、僕の最新のグラフによるとランクが1,000のものは一日11点売り上げている。僕は近似曲線のlog-logグラフで10,000から1までのものをグラフ化し直した。それによりボディーでは売り上げ134,000、対ロングテールの100,000になる。
5) 最後に、トップ1,000の本を扱う時だ。これらの本は少なくても一日11点以上売り上げるものだ。今回僕はトップタイトルを一日の売り上げが1,000点にしないで、一日2,000点にして直線を引き延ばしたが、それでも少なく見積もっている。グラフの線を追うと、トップ10の本に関しては少なくても8,000点の売り上げがある。トップ10から100の間では、一日の売り上げが50から220点のものを扱っている。最後に残ったもの、トップ100から1,000のものは一日の売り上げが11から50のものだ。よってトップ1000の本に関しては一日の売り上げが42,000点ということになる。

6) よって一日の"ボディー"の売り上げは176,000点で、ロングテールは100,000だ。よってロングテールの割合は36%だということができる。

7) 一日の本の売り上げが276,000点ということは一年間の売り上げは1億100万点だということだ。北米のアマゾンのメディアでの売り上げは30億ドル弱で、このプレスリリースからは本の売り上げは20億ドルという結果になる。

アマゾンの最終結果として中古品の売り上げが重要だとしても、僕のアマゾンの年次報告書の理解によると、彼らは北米の売り上げしか加えない。もし彼らは中古本で2,500万ドルものトランザクション費(本は中古に出回りやすいので、もう少し高くなるかもしれない)とそれぞれのトランザクションに対して何ドルかを稼いでいたとしても(Z-shopとオークションの売り上げを出したら高くなるかもしれない)、本の総売上の20億ドルに対してはそんなに重要ではない。もしアマゾンの本の平均価格を20ドルだと仮定すると、完璧に適合することになる。僕の最新の調査はトップ100タイトルの平均価格は15ドルだが、それ以降では平均25ドル(安い、中古品の入手は容易になるが)で、平均価格を20ドルに設定するのは悪い近似ではない。

ちょっと怖いぐらい一致しているので、戻って僕の方法論を見直し、log-logテクニックを乱用していないかどうかをチェックしなければいけない。頭に留めていなければならないことは一日あたりのユニークなタイトルが200,000だということはおそらく高く、ロングテールの貢献を高めているだろう。アマゾンの内情の情報無しでは、本単独の減少比率が本当に新しいタイトルの売り上げにより修正されているかどうかを確定するのは不可能だ。短期vs.長期の議論では、一日あたりのユニークなタイトル数が200,000だということは観察する際の重要なファクターになり、それについてはさらに追求する予定だ。アマゾンが実際一日あたり200,000か400,000だけか、一ヶ月あたり500,000のユニークなタイトル数を売り上げようと、区切りは、ロングテールの本を、一週間に何冊も売り上げるヘッドへ属する本の横へ留めるだおる。

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2005年9月19日 (月)

曲線、ヘッド、そしてテール:さぁ議論しよう

undulatingcurves コメントでの良い会話により、成功するアグリゲーション・ビジネスにはコンテント、商品のスペクトラムの両方(ヘッドとテール)が必要かどうかという僕の投稿を詳細に説明するために呼び出された。

僕はもしコミュニティーを最初に作り上げたら、"テール・コンテント"だけで生き残れると言った。コミュニティーはそれから独自のコンテント(写真インディー音楽ヴァーチャルな本物の土地)を作り出し、ソーシャルネットワーキングとメリットのコンビネーションを通じて、そのコミュニティー内でオーディエンスを見つけられる。その二つ -- 人とコンテント-- それから既存の人達でポジティブ・フィードバックを作り出し、それにより長く続く、人が行き交うサイトが作られる。世界的なヒットは要求されない。

次にコメントにいこうか。Ray Lawtonは正しく僕のいい加減な意味論に対してピシャリと叩いてくれた

"ロングテール"をあらゆる古いものへ適用しようとしないでくれ。定義上、ロングテールはショートヘッドを必要としている。Flickrのようなコミュニティーはそれに反する - それはロングテールの例ではないからだ。ロングテール経済がコミュニティーのウェブサイトと共有することと言えば両者がインターネットの有利性を利用していることだけど、それは全く異なるやり方でだ。ロングテールが起こるのは棚スペースの劇的な減少からだ。大きなスケールのコミュニティーとニッチなコミュニティーが作られるのはコミュニケーションにかかる苦労が減ったからだ。それらは従兄弟同士かもしれないが兄弟同士ではない。

公平な店だ。"テール・コンテント"と呼ぶより、もしコミュニティーを定着させることができたなら、僕は"ニッチ・コンテント"は単独で生き残ることができると言うべきだった(その種のメディアにおけるマーケット全体のロングテールコンテントは何に相当するだろうか)。

ここは物事を明確にするよい機会だ。ある人が"ヘッド"と"テール"で意味したいものは、"曲線"によりけりだ。もし曲線が"音楽"なら、ヘッドはコールドプレイだ(今週)。でももし曲線が"クリスチャン・メタル"だったらChevelleだ。既存のコミュニティーを持っていない"音楽"サイトはヘッドに対する需要を満足させるためにコールドプレイを置かなければならない。だが"クリスチャン音楽"サイトはChevelleとReliant Kと、そのニッチにおけるヒット(奇妙な説明に注意;そこいらの言葉に関する耳障りな連中は僕らの人気が何を意味しているかという予想からくる)になり、それはそれでよい。

他の言葉で言うと、君のヘッドはニッチかもしれないが、既存のコミュニティー無しのコンテント・アグリゲーターにとって重要なことは彼らは選択した領分のトップからボトムにまで及ぶということだ。

次に、John Zabroskiは彼の定義として"棚スペース"を現実の商品だけで、サービスなどロングテールを示すものを含まれていないことを指摘してRayをたしなめている

Rayをかばうために"棚スペース"はマーケットへのアクセスへの簡単な言い方だと論じよう。現実の商品のケースだと、これらのコストは製造と配信/配給を含む;サービスのケースだと地理的ななもの、言語、文化、時間帯やその他のサービスを提供するためのトランザクション・コストが含まれる。アマゾンに無限の棚スペースをもたらすものが、同様にWiproがグローバルな労働力に関して無限に近い供給を(インドと中国で)提供するものになる。もしくはIBMが散らばったカスタマーを中央のコンピューターリソースへコネクトすることを(あるいはその逆)。

最後に、これは単なるガイドラインに過ぎないことに注意してほしい。新しいロングテールの経済に対応する確かなルールはない。僕の調査(本のチャプターを規定することになる)はこれらの重豊富性の新しいマーケットで働く力を文章にするが、それらの企業家や視聴者が最終的にそれを色々なサイズの成功するビジネスへと転換していく。今まで僕らが学んだことの一つといえば、成功はGoogleのスケールで測られる必要はないということだ。

(この写真はDeclan McCullaghの"Undulating Curves"だ)

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SHORTER, FASTER, SMALLER

current 以前、チャンネルとスケジュールの制限から解放されたら、テレビは30分単位でなくなる傾向があることを議論した。その代わり、より多くのビデオ・コンテントはより小さな一口サイズになり、オンラインでの視聴と注意力のスパンに合わせて小さくなるだろう。そして思った通り、アル・ゴアのCurrent TVは正にそれをやっているところだ(なぜ全てをストリーム/ダウンロード可能にしないのかが謎だが)。彼らはこう説明している:

我々は残りのスケジュールを短いポッドに切り取っている -- それぞれの長さは数分だ -- そしてそれらの長さは様々で、海外のものから、クールな人達のプロフィール、新しいトレンドの情報までに及ぶ。これは伝統的なテレビネットワークではない:Currentではより多くのトピックをより多くの視点から観ることができる。

より短く、小さなコンテントは全てのメディアとエンターテイメントに影響しているトレンドで、世代によるすぐ変わる趣向だけではなく、僕らがメディアを消費する際の急増する多様性と柔軟性を反映している。僕らが誰にでも送られる(one-size-fits-all)配信の時代を去るにつれ、同じように誰にでも合う(one-size-fits-all))コンテントの終わりを眺めている。実際、現在進行形の証拠が急増している:

・音楽消費者はアルバムからシングルへと移行している
・テレビネットワークはブロードキャストとオンラインに仕える短いビデオを探している
・映画オンライン配信ショートフィルムの新しい大きな視聴者を作り出している。
・ビデオゲーム携帯電話ゲーム、"カジュアル・ウェブゲーム"やダウンロード可能なコンテントなど、小さなゲームが台頭している。
・雑誌:ブラウズ・スキム文化のペースを反映するかのように、記事は短くなっている

注意して欲しいのは、この急増する配信/配給オプションの範疇はより長いコンテントを同時に許容し、これはDVDのテレビ番組の台頭(一回でシーズン全体を観ることができる)が流行りの例として示している。でも全体的なトレンドは全てがより短く、速く、小さな方向へ向かっている。僕らがメディアに費やす時間、そしてメディアそのものが上手に切り分ける傾向にあることが分かる。スモールは新たなビッグなことになっている

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制作における新しいアーキテクチャー

コメント欄で、Ryan ShawはUCバークレーの興味深いMSMDX (Media Streams Metadata Exchange)プロジェクトについて言及していて、そのゴールは"協力し合って、マルチメディア・コンテントに注釈をつけたり、回収したり、共有したり、リミックスすること。"だ。まだ研究途中だが、最も説得力のある新しい参加のアーキテクチャーリミックス・カルチャーのグラフィックを示してくれた。
user_flows
彼らはまた、そのフィールのスタートはあらゆる種類のロングテール制作者へと導くと提案している。もしくは個別のチャプターか。うーん。

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2005年9月17日 (土)

富へのラグではない

イタリア人のジャーナリストのAlessio Iaconaは次の質問をした:

Dear Mr. Anderson

最近、僕は"ロングテール"という面白い理論に関していくつか書く機会があった。でも、僕は全く新しいロングテールのケースに関してコメントをしたいと思う。

1995年にSimon Hopkinsと呼ばれるある無名のシェフが"Roast Chicken and Other Stories"という本を出版した。十年間にも渡ってその本は一目につかない図書館の本棚に置かれていたが、トップのシェフ達、ライター、レストランのオーナー達によってそれが"今まで出た料理本の中で最も仕える本"にノミネートされた。その後、その本は"ロングテール経験"が表出してきた:多くの人々がその本を買おうとしたが、本屋では見つからなかった。よって彼らはAmazon.co.ukにいったが、あまりにたくさんのオーダーを受け付けたので、48時間で
ハリーポッターを抜いてトップセラーベスト100のトップに躍り出た。

僕の質問:これについてどう思う?

Alessio

例をありがとう、面白いね。これは実際ロングテールのケースではないかもしれない、なぜなら本のロングテールはアマゾンのランクが100,000を越えないと表れないからで(アマゾンのランクでそのノミネーション前にその本は比較的恵まれている40,000に位置していた)、そのタイトルはほとんどのUKの本屋で手に入っていたことが想像できる。でも、これはバックカタログを入手できるようにすることの利点を表している。

去年のWiredの記事で同じような例("Touching the Void")を僕は出したけど、このような富へのラグはロングテールの典型的な話ではない。僕が本で書こうとしていることはある商品は需要を満たすために、成功として必ずしもヒットになる必要はないということだ。今ではオンラインのリテールの経済は適度に売れるニッチ商品を効率的に提供することができるので、幅広いアピールを持つ誰にでも受け入れられる(one-size-fits-all)商品を置く必要はない。狭いアピールは君の興味に狭くフォーカスされた限り、多くの場合より良く、現在のデジタルは威信の経済はそのようなミクロマーケットがメインストリームの脇に効率的に存在させている。

時節あるタイトルがロングテールからショートヘッドへと移行するという事実は、素晴らしいものがテールで見つかるという証拠だが、それはいつも起こることというよりは例外だ。多くのより良い例は、テールのニッチ商品が非メインストリームの出し物をインターネットの力により発見、入手できるようにし、以前より2, 3, 時には10倍の新しい需要を見つけることだ。それによりニッチがヒットとなることはないが、より成功したニッチになるだろう。だがそれこそがロングテールの本当のちからだ。

Best

Chris

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ニッチ・アグリゲーター:早かった!

pureclassical_1 ここで理論的になりすぎていると思っていたら、どちらかと言うと僕が時代に遅れていることを示していた。Mayhem and Chaosが指摘してくれたおかげで、(ニッチ)音楽のアグリゲーターをうまく切り取るアイデアを出している時に、Audiolunchbox(たぶんCD Babyもすぐに)はそれを作り出していたことを知った。

やっと僕はCD Babyがロングテールの完璧な例だと気づいた -- CD Babyで売られているCDの多くは寿命において数枚しか売れないが、CD Babyはそれらを買えるようにしている。特定のジャンルにフォーカスした小さい店を作るというアイデアは本質的にはテールの中のテールである。

例えば、"louisianabeats.com"のミクロ店はザイデコやその他のルイジアナ州中心の音楽しか扱わない。ザイデコが大好きでCD Babyに行く人はCD BabyのカタログからほしいCDを見つけられないかもしれない。その代わり、CD Babyは全てのザイデコ音楽を特定し、lousianabeats.comへ集中させる。このサイトはそれ自身ロングテール効果を持つ -- いくつかのCDは他より売り上げが多い。そしてこの特異的な効果のおかげで、これらの売り上げの良いCDは人気を得る過程で別の道を見いだすことができる。

大きなスケッチでは、CD Babyはロングテール側におり、アマゾンはショートヘッド側にいる。ロングテール内の"louisianabeats.com"は別のテールを作り出し、"ochiobeats.com"も同様で、そのように展開される。これは"calibeats.com"にさえ当てはまり、"norcalbeats.com"と"socalbeats.com"のテールをテール内に設けることができる。

そして[CD Baby]が正しい方向に向かっているのを示すのに、オンラインのMP3リテーラーのaudiolunchbox.comは今日[七月二十日]に"特定の7ジャンルのデジタル音楽ストア"を作り出すことにした:themdirtyblues.com, pureclassical.com, punktracks.comなどだ。

他にCountryTracks.com, TrueLoveOfMetal.com, DownloadPop.comAudioFader.comがあり、"エレクトロニック、ダンス、ハウス、トランスなどの音楽を網羅する"という。まだ登場していないが、今夏登場する予定だ。

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2005年9月16日 (金)

ニッチ・アグリゲーターのケースでは[A]を展示せよ

僕の"うまく切り取られたアグリゲーション"の投稿で何を意図していたのかわからない?Steve Rubelは完璧な例で明示してくれた:

iTunes Music Storeでポッドキャストをブラウズしている途中、僕はとても重要なものが欠けていると気づいた:そうだロングテールだ。それぞれのアルバムのリストが他の人々が買ったものを提示してくれるものを示してくれる一方、同じようなメタデータがポッドキャストにおいて欠けている。"このポッドキャストを登録した人は...も登録しています"というリンクが必要だ。下記のイメージを見て二つの違いを見てくれ。
itunesmusic

itunespodcasts

レッスン:ある種の商品を展示する方法は必ずしも別のものを展示する最高の方法とは限らない。僕はIMDBが俳優と監督でやっているように、彼らのキャリアを追跡できるようにジャズアルバムの個々の演奏者をリンクする例を上げた。

これが示すように、iTunesのインターフェイスは(今の所)ポップミュージックを展示するのに比べて、ポッドキャストを提示する際、柔軟性が無さ過ぎる。アップルには(GoogleがGoogle MapsからGoogle Printに至るまでやっているように)iTunesをそれぞれのコンテンツに応じて異なるUI(ユーザー・インターフェイス)を適応させるか、ポッドキャスティングに特化したアグリゲーターを作る選択肢がある。どちらにしろ、これは何にでも仕える(one-size-fits-all)アグリゲーターはうまくいかず、それをニッチのために上手に切り取ることのほうが良いかを示している。

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ロングテールにおいて本当にヒットとニッチ両者が必要なのか?

deviltail_1 僕は何度も何度も成功するロングテール・アグリゲーターはヘッド(ヒット)とテール(ニッチ)の両者が必要だと説いてきた。テールだけがあるだけでは充分ではない。人々は既に知っているものから始めなければいけず、それから効果的なレコメンデーションや他のフィルターを通じて、彼らのフィットするものを発見する。

でもBookBlogのAdina Levinは僕が部分的に間違っていると指摘している。そして気がかりなのは僕は彼女に同意しそうになっていることだ。彼女はこう議論する:

LiveJournalとFlickrは彼の理論を反証する。LiveJournalはオンラインのジャーナル・コミュニティーで歴史的に多くの若い人を抱えてきた。彼らは社会的なグループで集団を作り、時にオフラインで友達の人達と始める...同じように、Flickerはオンラインでの写真を共有するコミュニティーで、ユーザーは彼らの友達と世界と写真を共有することができる。

文化的なな選り好みは社会的だ。人々が変わった音楽、ファッションやマイナーな宗教的習慣を好む時、彼らは多くの場合同じメンタリティーをもった人のサブカルチャーで行う。

今までは、TupperwareパーティーやAmwayのような例外を除けば、人々が共有する文化の小さな社会的なネットワークは多くの場合プライベートで非商業的だ。

よって成功している社会的なコンテンツの共有の例は[また]LiveJournalやFlickrのような非商業的なコンテンツに基づいていた。また互いにリンクされた音楽ブログで人々がレビューし音楽をレコメンドする草の根的なネットワークがあった。典型的なロングテールのものだ。

クリス・アンダーソンはNetflixやAmazonのようなリテーラーがニッチへユーザーを導くためにヒットが必要だということはあっている。彼らのレコメンデーション・エンジンは人々が毎日行う自然な社会的なレコメンデーションを代理する自動化されたものだ。

でもそれはコンテンツから始める場合だけに適用される。もしロングテールの機会が豊富な人々のグループでスタートする時、それは大してメインストリームのコンテンツに依存しない。

やられた。僕は二つの罪を犯した。最初に彼女が言うように、コンテンツをコミュニティーの前に置いたことだ。正しい。でも、いくつかのコミュニティーサイトが成長し持続する一方、多くのものはティーンエイジャーの注意力のように簡単に消えてしまうことを説明する簡単な原理はあるかい?

僕はLiveJournal、FlickrやMyspaceのような成功したコミュニティーサイトが持っているものはコミュニティーのトップにコンテンツがあることだ。簡単に社会化することについて何かしらやって観察すべきことがあるはずだ。それらはFriendstersやその前のSixDegreesがないようなものを持っている。簡単にいうと、ロングテールのコンテンツは一時的流行を越えたソーシャルサイトを生み出す糊を作り出すことができる

僕は同時にロングテールのコンテンツのアグリゲーターを、音楽や映画のようにヒットとニッチ両者があるものを大部分メインストリームの視点から見てきたことにも罪を感じている。でも写真やブログのようなユーザーが作った世界は、ニッチが変わる度合いでしかない。テールへいくためのヘッドはない。

これは面白い問題を提起する:僕らはコミュニティーサイトがユーザーに作られたコンテンツ・アグリゲーターになることを知っている。だが反対も真か?特定のコミュニティー無しに成功したユーザーが作り出したコンテンツ・アグリゲーターのいい例はあるか?

いくつかの例があるが、このルールを提案するほど強いものではない。テクノラティはコミュニティー無しのブログ・アグリゲーターだが、僕はSteve Rubelがいうようにテクノラティが成功したのは、すぐに良い検索エンジンの標準機能と見なされるニーズを埋めたからだ。Bloglinesはアグリゲーターと言うより、どこか違う方法で見つけたフィードを読むツールだ。ファンによるフィクションからcross-stich patternsまで、考えられるあらゆるピア・プロダクションのアグリゲーターがあるが、成功しているものは強力なコミュニティーの側面があることは間違いないと思う。賢い読者が答えてくれるのを期待しながら、これについてじっくり考えたいと思う。

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ロングテール・ビジネスの四つ目のカテゴリー:ツール

Danny Kimはこのコメントでいい点を突いている:

僕は四つ目のロングテール・ビジネスがあると思う:ツール・メーカーだ。アマチュアのブロガーやポッドキャスターのように、ロングテールにニッチなコンテンツの制作者がいるためには、コンテンツの制作の壁を低くするツールが必要だ。

ロングテールはmp3レコーダーやカメラ付き携帯電話のように既に存在しているツールの副産物だと思うかもしれない。でも現実には、"僕ら"が簡単にコンテンツを制作するためにツールを作るビジネスに飛びついている企業がたくさなる。ブログの世界からいくつかの例を:Movable Type、Tyapepad、Blogger、Odeo(ポッドキャスティング)。

正しいと思う。またそれらは僕が以前行ったスピーチ(本の第一章で肉付けされている)に効果的に結合する:ロングテールの時代を作り出す上昇する三つの力がある。

それらは:

1. 制作ツールの民主化(例としてPC)
2. 消費のトランザクション・コストを低くする(例としてインターネット)
3. ニッチへ需要を牽引するため消費者を繋ぐ(例としてフィルター)

最初のものはテールを右側へ拡張し、二番目のものはテールのセールス/利用の量を増加させ、三番目のものは需要をヒットからニッチへテールへ牽引する。このようだ:
three_forces
forces2
過去に、僕はそれぞれをロングテール・ビジネスのカテゴリーを次の力の一つに関連させた:

力                                                                 ビジネス

1)制作の民主化                                               ロングテール制作者
2)消費のコストを低下させる                            ロングテール・アグリゲーター
3)需要を牽引するために消費者を繋ぐ               ロングテール・フィルター

少しきちんとしなくなるけど、おそらくこのように改訂するべきだろう:

力                                                                  ビジネス

1)制作の民主化                                                ロングテール・ツールメーカー制作者
2)消費のコストを低下させる                             ロングテール・アグリゲーター
3)需要を牽引するために消費者を繋ぐ                ロングテール・フィルター

ありがとうDanny!

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2005年9月15日 (木)

フィルター101 (基礎)

どのフィルターがどのような条件下で最も効果的であるかについて、興味深い議論がコメント欄でなされてきた。それを読んでいて、僕はまだフィルターの種類に関していい分類を見たことがないことに気づいた、それがおそらくそんなに助けにならないけど(分類学が全世紀的なものだとわかっている;これを、それぞれのブログにあるもっとモダンなfolksonomyに自由にリミックスしてくれ)。僕はここで最初の系譜を提示して、フィードバックに基づいて改訂していく。

僕が思うに、フィルターには主に二つのカテゴリーがある(もしくは正確に言うと"ポスト・フィルター"だ)--ソフトウェアと人--そしてその様々な亜系と色々な種類が広く分布している。恐らく僕はいくつかの亜種(あるいは属そのもの)を見逃しているかもしれないので、コメント欄で提案と訂正をしてくれ。

フィルターの二つの系譜:

・ソフトウェア(レコメンデーション)

・群衆の知恵(集積された意見や行動を測定するアルゴリズム)

Buzz: GoogleのPageRank, del.icio.us, Technorati
・レーティング(能動的*):Netflixのレコメンデーション、eBayのレーティング
・行動(受動的**):アマゾンのレコメンデーション、Audioscrobbler, Yahoo Musicのカスタムラジオ局

AIシマンティック分析音声分析

・人々(流行仕掛人、影響力のある人)

プロ(編集者):批評家、セレブリティー、Rhapsodyのカテゴリーごとの編集者、図書館員、SavageBeast(Pandora)のミュージコロジスト(+)
アマチュア(玄人):ブログ、プレイリスト、カスタマーレビューウィキペディアへの貢献者、賢い友達(++)
Mobs(散らばった知能):タグをつける人、リンクをつける人、ファイル交換者(+++)

-----
注意:
*"能動的な"フィルタリング:あるものを気に入ったか、そうじゃないかを聞いてくるシステムがあり、それにより将来的により良い提案をしてくれるようになる。なぜならそれはユーザーの参加を即し、典型的なのは偏向したサンプリングすることが脆弱なところを何かしらのレーティングシステムをクリックすることだ。それは誰が参加しているのかから彼らの選択をどう解釈したのかにまで及び、それが親指を立てるか下げるか、もしくは五つ星の評価であれ。

**"受動的な"フィルタリング:またの名を派生フィルタリングで、これは大勢の人達の振る舞いかたと行動を記録し、そこから意味あるレコメンデーションを抽出する。アマゾンの"君のような人"というレコメンデーションが最も良く知られた例だが、NetflixからYahooにかけて他の何百ものサービスも同じことをしている。受動的なフィルタリングの長所は人々が何を言ったのかではなく何をしたのかに基づくかことだ。その事自体は上記の参加型の偏向を避けることができる。

---

+"プロ"という時、僕はあるサービス内で働いている人や消費者をガイドする人達を指し、その例としてRhapsodyの編集者が上げられるが、それは独立した領域で影響力を築き上げた専門家でもかまわない。

++"アマチュア"で僕が意味しているのは力を持った消費者で、あるカテゴリーにおいて情熱を持ち、仲間にアドバイスを送るだけの充分な情報を持っている人達を指す。

+++"Mob"に属している人達は自身ではレコメンデーションやガイダンスをしていると全く思っていない。彼らはただやることをやっているだけだ。他の人達が彼らの例に従っているのはネットワーク効果が働いている結果で、メンバーの意志は必ずしも必要ない。

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これがアメリカのレコード店

dailywalmart 僕が20何歳の怠け者だった時、同僚の20何歳の怠け者みたいに、レコード店で働いていた。それはとてもデカいワシントンDCにあるビジネス街の店で、今は思い出せないが存在しないチェーン店の一つだった。その店はその周りで働いていた弁護士、行政官とパラリーガルに迎合した店だったが、僕が座ってドアの方を見ていたり質問を応えたりしていた踏み台まで伸びていた輸入レコードの売り場を今だに覚えている。後ろの壁は全て12インチのシングルで、クラシックには洗練された視聴のために素晴らしい音響の独自の部屋があった。

これを思い出したのは本の調査のために先週ウォルマートの音楽部門へツアーした時だ。ウォルマートはアメリカの音楽の売り上げの五分の一を占めていて、今の所この国の最大の音楽小売店だ。その事自体は、ロングテールの対極をもっと勉強するための本質的なツアーだった。

ウォルマートはショート・ヘッドだ。それがどれほどショートなのを発見するまで大して時間はかからなかった。

おそらく今が僕がアメリカ人の中で今までウォルマートを訪れたことのない唯一の人間だということを告白する時だろう。僕がスノッブっていうわけではない;僕は買い物好きじゃないし僕が大きなものを買うときはコストコを利用する。でも約1億3800万ものアメリカ人は毎週ウォルマートで買い物をし、おそらくはこの国の最も強力な単一文化力だろう。よって僕が発見したことは他のみんなは気づいているはずで、ウォルマートは魅力的ではないが、コンテナ店と購買者独占と世界的な労働者比率の裁定取引の印象的なデモンストレーションだということを。彼らがどのようあんなに安くするのかの全てが奇妙だ。

だが音楽を買う方法としては憂鬱だ。店により在庫の数は異なるにせよ、去年の平均的なタイトルは5,000で(参考としてアマゾンでは800,000枚のCDが入手できる)、DVDにCDのスペースが取って代わられるに従ってその数は減ってきている。僕が訪れたカリフォルニア州オークランドの店では、次のように分類されたCDが4,100タイトルあった:

・"Rock/Pop/R&B":                1800
・"Latina":                                 1500
・"Christian/Gospel":              360
・"Country":                              225
・"Classical/Easy Listening":   225

二つの主な売り場があった。一つは"Rock/Pop/R&B"で、もう一つは"Latina"だった。他の全てのカテゴリーは次のような単一のラックの下に置かれた;