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2005年10月20日 (木)

ロングテール・ゲーム会社、Manifesto

metafistb_swゲーム業界のベテラン、Greg Costikyanは典型的なロングテール戦略に基づく新しいインディペンデント・ゲームのパブリシャーを立ち上げた。彼のアナウンスメントから引用する:

このサイトはインディペンデントに開発されたゲームを直接ダウンロードする形で売る--風変わりでニッチなゲームが、リテールの人達が置く価値がないと思っている"残りの中のベスト"な場所だ。三種類のゲームが提供される:販売元の投資がないクリエーターによる真にインディペンデントなコンテント:小さなPCゲーム販売元からのベストなPCゲーム:戦争、フライトシュミレーター、そしてグラフィックノベルなど現存のジャンル、そしてニッチなMMOなど。

一時、ゲームは趣味人のものだったが、今日ではゲーム業界は100万本未満しか売り上げないゲームを失敗とみなす:"典型的なゲーム店は200本しか置いていない。"ManifestoのCEOであるCostikyanは指摘する。"彼らはベストセラーしか置けない。インターネットでは在庫スペースがないし、自分自身と自分のサイトをどのようにうまくマーケットできるかにだけかかっている。これはニッチ製品が支配できるところだ。"

Manifestoはインディペンデント・ゲームのマーケットは映画と音楽同様で、より商業的な達成目的が少ないゲームや、予算の少ないゲームが" ブロックバスター"より利益を上げること、充分な成功を収めることができると信じている。"ゲーム業界は停滞している"Costikyanは指摘する"なぜならふくれ上げる予算と小売店の狭くなる販売口のせいで、今では人気タイトルやライセンスされた商品以外は配給されることが不可能になった。しかし歴史的には、メジャーなヒット、新たなマーケットへと業界を拡げ、新たなオーディエンスを獲得してきた作品は非常に革新的だった。今はイノヴェーションを育てる方法を見つける時だ、なぜなら大きなパブリシャーへまけせたら起こらないからだ。"

もっとこれについて読みたければ、Joystiqが行ったGregの、この長くいきいきしたインタビュー、そして彼の会社の進展を追える、彼のブログで読める。

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2005年10月15日 (土)

恥知らずなヒット主義者、Richard Florida

spiky何世紀にも渡るヒット主義の考え方を経て、その習慣を揺らがすのは難しい。最も人気のあるもののレンズを通じて世の中を見ることは自然なこととなっており、僕らはみなそうする。でも、それは間違いを犯すことにしかならない。僕はこの傾向を"ヒット主義"(テールのメタファーを使うとヘッド主義)と呼び、その最新の例は今月のRichard Florida (The Rise of the Creative Class)による"The World is Spiky"と言うAtlanticの記事だ。

魅力的なマップの綺麗なイラストで埋められたFloridaの記事は、Tom Friedmanの"The World is Flat"に対する反論として用意された。だけど、それは明確に明らかでない理由により失敗した。

この記事に対する興味深い批評を投稿したJohn Hagelは、次のようにFloridaの議論をまとめている;

RichardはTomの本のある特定の引用に着目している:"フラットな世界では移住することなるイノヴェートすることができる"。Richardは場所は未だ意味をなし、色々な測定で、世界は極端に尖っている-活動はある特定の場所に集中しているということを意味している。Richardは次のことに着目している:

  • 都市部での人口集中
  • 光の放出(経済活動として面白い代用)
  • 特許の出願
  • 先端性を示すために、先端分野における科学者の引用

頂点に着目することは間違いなく世界の尖端性をハイライトする。例えば、

実際の経済生産は、アメリカの最も大きな都市部トップ10を合わせたら、アメリカ全体と日本の次に来る。ニューヨークの経済単独でロシアかブラジルのサイズとほぼ同じだ...ニューヨーク、ロスアンゼルス、シカゴとボストンを合わせると中国の経済より大きくなる。もしアメリカの都市部が国だったら、世界のトップ100都市の内47を占める。

これは議論の余地がない。なら何が問題か?問題はFloridaの世界を集中の度合いから測るという強調で、文化をヒットで測るのと同じだということだ。彼は次のように擁護している:

ノーベル賞受賞者の経済学者のRobert Lucasによると、独創的で才能のなる人々の集中は特にイノヴェーションにとって重要だ。もっと自由に廻るアイデアはもっとシャープになり、よりたくさんのイノヴェーター、開発者、そして財政支援者がそれぞれコンタクト関係にあると、商品はより早く実践できる、オフィス内とオフィス外両方で。

これも議論するのは難しい。でもFriedmanの点は遍在するコネクティビティー--ブロードバンド、携帯電話、FedExなどが--が近くいることの大部分を獲得できるということを言っている。もちろんシリコンバレーでソフトウェアプログラマーになるほうが簡単だ。でも、もし君がインド人で、貧乏だったならその選択肢はない。そう遠くない昔、貧乏でインド人であるということは次の偉大なオペレーティングシステムは作れないということになっていた。でも今ではそれができる

Floridaの地図の尖端の間には、何百万ものより小さな集中があり、それは一人から数千人にまで及ぶ。その多くは大都市で暮らすことを選択しなかった;また他はその選択肢すらない。スケールが都市に設定されたら明るいラインを形成しないかもしれないけど、彼らも同様に土地中に生きていて、エンターテイメントの需要曲線がヘッドにより暗くなっているだけだ。全てを合わせると--それがネットワークが行うことだが:人々をコネクトすることにより集めること--Floridaのレーダーにはピークポイントを示さないかもしれないが、これらの散らばって才能が本当の力へとなる。

遠い前、僕はタイのチェンマイを基盤としたちょっとした才能のあるプログラマーを集めたビデオゲームのソフトウェア会社を作ろうとしていた。彼らがそこに暮らしていたのは、Floridaの言葉を使うと、家族や文化など彼らが気にしている質のある人生集中を提供できたからだ。一時代、それはキャリアを犠牲にする程だった。だがインターネットのおかげで、彼らはFriedmanのフラットワールドで生活しながら、世界中の他のプログラマーと協力したり競争できるようになった。そして彼らの他、世界の端っこにいる何千もの才能がある人たちがいる。彼らはFloridaの地図には載らないだろうが、その誰でも衝撃を残すことができる。

もしヒットのスケールで見ると、それだけしか見えない。でも本当の驚きは同じように下から来るかもしれない。僕はFloridaの美しいマップのピークからTallinやエストニアを発見できないけど、そこから賢い人達が一回のみならず、二回世界を変えることを妨げることにはならない。

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ソーシャルソフトウェアのロングテール

time先週、僕はSalesforce.comの新しいAppExchangeとソフトウェアのロングテールについて書いた。次はNingで、ソーシャルソフトウェアのロングテールを作り出そうとしており、AppExchangeと同じようだ。

ソーシャルソフトウェアとは何か?まぁ、Web 2.0の定義の混乱ぶりへ巻き込まれるのを覚悟して、ソーシャルソフトウェアとはコミュニティーとピアプロデュースされたコンテント上に作られるウェブベースのソフトウェアである。古い例としてFriendsterやLinkedInのようなソーシャルネットワーキングサイトがあり、僕は両方とも苛々させられほとんど使っていない。新しい例は遥かに良い:Flickr, Craiglist, BloglinesWikipediaだ。つながりのためだけのコミュニティーではなく、何かしらそこですることがある。

Marc Andreessenの24 Hour Laundry stealth projectのNingは、それらのサイトのためのニッチアプリケーションを簡単に作れるようにしている。これはビジネスプランや夢のIPOなどのレベルのプロジェクトの下に位置するもののためデザインされている。大きなコミュニティーにオンラインツールを、そしてもの凄い狭い興味とニーズのための機能を備えている。

例として説教の交換ベイビーシッターの協力、もしくは海外の大学のコミュニティーサイトなどがある。それをするのはする必要があるからで、--知らず内により大きなものへ雪だるま式になるかもしれない。それがコミュニティーとユーザー参加型のコンテントの素晴らしいところだ。触媒を加えることで充分な場合が多くある。

まだ多くの時間を割いていないけど、Ningは、wikiアプローチを使ってニッチのためのアプリケーションを作るJoe KrausのJotSpotを想起させる。とても有能のように言っているけど、まだ全体を理解するのは難しすぎる。Ningはフロントページでアピールするためにいくつかのクールな例が必要で、それからそれを真似して自身のものを作るのがいかに簡単かを示すべきだ。そして既に作られているアプリケーションのディレクトリーみたいなものも。

今、僕はベイエリアのマウンテンバイクのルートのNingサイトを探していて、それをする良い方法は今のところない。タグベースの検索機能は僕が理解しているものを何にも出してくれない。時間を与えてやろう--潜伏期間にMarcと彼のチームに会って、彼らは賢いし実践的だということがわかった。解決するだろう。

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2005年10月13日 (木)

ビジネスブログ!=エグゼクティブ・ブログだって

maxhead_1 ゾッとする"ヘッド主義"のもう一つの例:ビジネスウィーク誌のStephen Bakerは"ビジネスブログの反動は近い"と警告する

CEO達とエグゼクティブ達が否定的な"そこにいた、あれをした?"のブログを止めるまで、どれぐらい要するだろうか?ブログのために十分な時間、エネルギーとオープンネスを持ったCEOは少ない。

多くのCEOが長い間まともなブログを続けていくのを想像するのは難しいという点に関しては同意する。彼らには時間がないだけではなく、自然の成り立ちとしてボスの声はブロガーのものとは相容れず、少なくても彼ら自身の企業の問題に関しては(だから僕はWiredに関してここではあまり書かない)。

でもエグゼクティブブログとビジネスブログを等しいと扱うのは大きな間違いで、世界をスターとヒットの経済と文化のレンズを通じて見るだけと同じだ(僕が"ヘッド主義"と呼ぶものだ)。最高のビジネスブログは社員のもので、ボスのものではない。彼らはもっと時間があり、分かりにくいマーケティング言葉や陳腐な格言を言わない傾向にある。そしてそれらのブログは台頭してきている、下降気味ではない。

[定義のアップデート:僕はここで"ビジネスブログ"をBakerが使ってきたような意味で用いている-企業内からのブログで大部分はその企業かその企業の製品についてのブログだ。僕はビジネス一般のブログを言及しているわけではない。この意味で別の言葉は"コーポレートブログ"あるいは"カンパニーブログ"だ。]

もっともうまく言っているビジネスブログはピアツーピアのものだ:あるプロジェクトの企業内のブログで、エンジニア、デザイナー、マネージャーや企業外でその製品を使っているか考えている他のカスタマーのものだ。

伝統的に企業の伝達は、プレスへ取り上げられ再フィルターされ、一般人に浸透し、最終的にはカスタマーに届く点である、エグゼクティブのスピーチやプレスリリースの前までは、企業内のマネージメント構造へ直結している。だがカスタマーが彼らのようなフィルターされていない声へブラウズするにつれ、それらのトップダウン管理の効果を失い始めている。

簡単に言うと、僕らはエグゼクティブが言うことよりも社員が言うことのほうを信じ始めているということだ。そして企業が社員にブログをすることを容認した場合、僕らに選択肢が与えられたなら、いつだかわからない企業のプレスリリースよりエンジニアの言葉に耳を傾けるだろう。権威ある団体の信頼性が下落するにつれ(エンロンやホワイトハウス)、個人の信頼性がそれにとって代わろうとしている。

マーケットは会話であり、スピーチではない。人々は本物の人の声を聞きたがっており、どこかの権威ある人物のものではない。抽象的な団体は透明になり普通の人々のコミュニティーが明らかになってきている。そしてこのトレンドが続く限り、消費者の注目はマネージメントの企業の声から、隣の人の人間の声へシフトするだろう。

先週のm-squared marketing conferenceでのスピーチで、僕はこの力を"メガフォンを持った蟻"だと呼んだ。エグゼクティブレベルより下の企業ブログのいいところは、その障害が外から企業についてのブログするのにマッチしているからだ。Robert ScobleDave Weinerが公共の場で議論しているのは、そこいらの会話だ。ニューヨークタイムズでビル・ゲイツのスピーチを読むのは違う。

Scobleはこれを正しい記述で終わるこの素晴らしい投稿で拡張してくれた:

よってCEOたち、もしブログをしないんなら、全然問題ない。CEOより7レベル低い僕のような男にやることを残してくれるからね。

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Web 2.0とロングテール、パート2

oreilly_2彼のWeb 2.0の"ミーム地図"を投稿してから、どうやらティムはそれに伴うエッセイを書き終わる前まで人々がそれを見つけるとは思っていなかったけど、ティム・オライリーは完全版のエッセイを投稿した:Web 2.0とは何か。これについて次週のWeb 2.0カンファレンスでそれについて話す予定だ。

僕はWeb 2.0は本物で力強いコンセプトだと思うけど、ティムの努力に関わらず、その正確な定義はちょっと混乱している。例えば彼のエッセイは6,000語の長さで、ほとんどは例で定義している。彼の例のあら探しや、よりよい他の例を思いつくかもしれない。ウィキペディアのエントリーも大して変わらない。

それがWeb 2.0を重要でなくすとは思わない。ボトムアップの創作とユーザー主導のネットワークの時代では、現実の世界のちらかった異種性は完全な定義をすることを難しくしている。

例えば、"ブログ"をどう定義するのか?もちろん共通の特徴(個人の声?更新順?固定リンク?)を出すことはできるが、僕の友達のJeff Jarvisは賢明にもその質問に答えることを拒否している

ブログはただ単に、世界を帰ることから買い物リストまで何でもできるツールに過ぎない。人々は望むようにそれを使う。そして定義をしてしまって、ユーザーがどのように使用するのかを制限するのには早すぎる。

驚きではない。前言ったように、"ブロゴスフィアの最初のルールはブロゴスフィアを一般化しないことだ。”

ブログはロングテールで、ロングテールのコンテントの質や成り立ちを一般化するのと常に間違いを犯す--それは定義上、変化し多様だ。

同様のことがWeb 2.0にも言える。皮肉にも、簡潔な定義の不在が機能であり、バグではない。そして世界が配信/配給の障壁による有限のバラエティーから、開かれた配信/配給の無限のバラエティーへシフトするにつれ、本物だが定義することが難しい現象の例がたくさん出てくるだろう。未来は均質性ではなく、ますます異種性が増していいる。One sizeは誰にでも合うわけではない。

それにも関わらず、僕はティムは次のWeb 2.0のフレームワークの一般原則を示すことで、いい滑り出し(ロングテールから始めるからだけではない)をしていると思う:

Web 2.0 Design Patterns

1) ロングテール
小さなサイトはインターネットのコンテンツの大部分を占めている:狭いニッチはインターネットの可能なアプリケーションの大部分を占めている。よって:ウェブ全体を包括する影響力のあるカスタマーのセルフサービスとアルゴリズム的なデータ管理は、中心だけではなく端にも、ヘッドだけではなくロングテールにも。

2) データは次のIntel Inside
アプリケーションはますますデータ主導になっている。よって:競争力優位のため、ユニークな、再現することの難しいデータのソースを持て。

3) ユーザーは価値を付加する
インターネットのアプリケーションの競争優位ーは、ユーザーがあなたが提供するものに自分自身のデータを付加することにより広がる。よって:ソフトウェア開発のために君の"参加型のアーキテクチャー"を制限するな。君のアプリケーションに価値を付加させるのに、君のユーザーを暗にあるいははっきりと伴え。

4) ネットワーク効果はデフォルトで
君のアプリケーションに価値を付加してくれるユーザーはほんの数%だ。よって:アプリケーションを使う傍らに、ユーザーデータをアグリゲートするための自動的なデフォルトを作れ。

5) Some Rights Reserved
知的財産権の保護は再使用を制限し、実験を阻む。協力的な選択的で利益がきているなら、その選択が低いことを確認せよ。現存の標準に従い、なるべく制限の少ないライセンスを使用せよ。"ハックでき"、"リミックスできる"ためにデザインせよ。

6) 永久のベータ版
デバイスやプログラムがインターネットに繋がっている時、アプリケーションは既に出来上がったものではなく、進行形のサービスだ。よって:新機能を完全なリリースにまとめるな、その代わりユーザー体験の一部として定期的に追加しろ。君のユーザーをリアルタイムのテスターだと関与しろ、そうすれば人々がどのように新機能を使っているのかわかる。

7) 協力しろ、コントロールするな
Web 2.0のアプリケーションは協力するデータサービスのネットワークで構築されている。よって:ウェブサービスのインターフェイスとコンテントのシンディケーシン、そして他のデータサービスを再使用せよ。相性が悪いシステムのために軽いプログラミングをサポートせよ。

8) 単一デバイス以上のソフトウェア
PCは既に唯一のインターネットアプリケーションへアクセスするデバイスではない、そして単一のデバイスへ制限されたアプリケーションはコネクトされたものに比べて価値が小さい。よって:携帯用のデバイス、PC、そしてインターネットサーバーに及ぶものまでアプリケーションをデザインせよ。

ところで、ティムについてもっと知りたかったら、今月のWiredのSteven Levyの彼のプロフィールを強く勧める。もちろんバイアスがかかっているけど、これは参加型の時代のグルとしてのティムについて今まで書かれたものでベストだと思う。

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最初のロングテールIPOか?

dmg_logo_3_1PaidContentのRafat Aliは最初の純粋なロングテールIPOになるかもしれないものを指摘してきてくれた。彼の投稿からそのまま引用しよう、なぜなら彼は背景の情報を集めるのが得意だからね:

デジタル音楽レコーディングをオンラインストアに売ることを商売としているDigital Music Groupは、最大3,600万ドルの普通株のIPOで株式上場することを計画している。カリフォルニア州のサクラメントに位置する企業--現在はMusicworks InternationalとRio Bravo Entertaimentに丸ごと所有されている--は200,000曲以上のデジタル音楽レコーディングの権利を持っており、その半分は今月所得したものだ。17,000以上はオンライン音楽ストアを通じて買うことができる...Digital Music Groupはまた、開始してから80%の売り上げはオンライン音楽ストアのiTunesを通じて売り上げたものだと発表した。

6月30日までの6ヶ月の間、全体の利益が223,672ドルの中で、全体で866,172ドルの損失を計上した。CEOのMitchell Koulourisはタワーレコードのベテランだ;彼の経歴はここだ。

この会社のSECで埋まったS-1文章から:

"我々の戦略は可能な限りたくさんの音楽やその他のサウンドレコーディングのデジタル権利を速やかに買収するかライセンスすることだ。我々のフォーカスは、伝統的な音楽リテーラーで現在入手できないものも含む、バックカタログや過去のヒットとインディペンデントレーベルのレコーディングの権利を獲得することにある。我々が獲得する可能性のある他のものは、以前は手に入らなかったライブパフォーマンス、ラジオとテレビの制作物やそれらと我々が認識している音楽とオーディオだ。”

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ソフトウェアのロングテール(パート2)

ltsoftware2_1先週、僕は恒例のSalesforce.comのユーザーミーティングでキーノート演説を行い、サンフランシスコのモスコーン・センターでの巨大な何千人もの施しになった。SalesforceはAppExchangeと呼ばれるロングテール論をモデル化した新しいアプリケーションマーケット場を立ち上げていた。

僕はMarc Benioff CEOと彼のスタッフと話して、そのアイデアと、どのようにエンタープライズソフトウェアでこの理論がうまく適用できるか、両者について夢中になってしまった。答えは:驚く程うまくいく。

JotspotJoe Krausは実際ソフトウェアのロングテールのフレームワークを初めて開発した人物で、ここにそれについて書いた。彼が指摘したとおり、何年間にも渡って特定の目的のために個人で作られてきた何千ものExcelテンプレートが一般的なプラットフォームで使われる、小さく、ターゲット化されたソフトウェアアプリケーションだと思い浮かべることができる。おそらく彼らはこのように考えなかったが、、それぞれの経理担当者、プロジェクトリーダー、HRマネージャーなどあらゆる人々が実際ソフトウェア開発者として行動してきた。だが彼らが開発した"ソフトウェア"は企業の外ではほとんど使われなかった、そしてそれらはプラットフォームの制約--それらが動くExcel--により制限されてきた。

古い商用ソフトウェアのモデルは他のものと同じようなもので、ほとんどヒット中心主義だった。ソフトウェア企業は大きなマーケットのために膨れ上がったone-size-fits-allなソフトウェアアプリケーションを開発し、それからそのソフトウェアをITコンサルタント達かユーザー自身にまかせてきた。Joeが指摘する通り"伝統的なフォーカスは何百万人ものマーケットにおかれており、何百万ものマーケットではなかった。"

それが変わりつつある。JoeはJotspotでそれぞれの個人がカスタム化されたアプリケーションを簡単に作れるWikiアプローチを用いて、"何百万ものマーケット"にフォーカスした新しいモデルを始めた。SalesforceのAppExchangeはSalesforceのプラットフォームでホストされている、それらの小さな、ニッチアプリケーション(マーケットリサーチから健康管理まで何であれ)のためのマーケット場を作ることで、さらに前進した。そしてSAPのようなその他は、彼ら自身のプラットフォームを基盤にした同じようなロングテール・ソフトウェアのアグリゲーターを立ち上げることによって準備をしている。

僕はこれら全てをSalesforceスピーチでカヴァーし、今はオンライン上(スライドと音声両方)でここにある。僕のチャートとグラフィックを綺麗にしてくれたことだけでも確認するために、チェックしてみてくれ。

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Web 2.0とロングテール

Web 2.0とロングテールの関連は何か?今年のFOO Campにおけるブレインストーミング・セッションで、ティム・オライリーこのグラフィックで全てを一緒くたにした:
web20mememap
Dion HinchcliffeのWeb 2.0ブログでさらに議論されている。

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楽しいロングテール学習ツール

wordcount
興味深いTrivialTVブログの"Dr. TV"ことMike Vicicは初心者にロングテールとフィルターを説明する賢い方法をメールしてくれた。これが彼が書いたものだ:

テクノロジー・マニアやメディアの常識がない人に話す際、僕は時々フィルターと関連性が、どのように有益な情報で人々をロングテールへアクセスさせるのかを説明するのを苦しむことがある。僕は言葉のカウントと百科事典を使って、これらのコンセプトを上手に表示させてきた。

僕はロングテールの形とコンテンツを表示させるためにWordcountサイトを使う。人々はこれを簡単に理解する、なぜなら彼らは標準の文章を読んで、ヘッドの言葉は本当にロングテールの言葉と比べて頻繁に出てくることが納得できるからだ。

次に彼らに、文章中で繰り返される比較的知れ渡っている名詞(それらは曲線のヘッドに位置している)か動詞を選んでもらい、その繰り返される言葉の実用性を議論しあう。そしてそれらの言葉を置き換えるた言葉が元の言葉よりどのように使えるかについて話す、なぜなら置換後は読者にとって同じ意味を含有しており、繰り返しを除去するからだ。

さぁ、目標はこれらのもっと価値のある言葉を探すことだ。まず、僕は人々にある言葉のWordcountのロングテールをバーを右に移動させ、適切な言葉を見られるようにさせる。思った通り、みんなすぐ苛々しだす。知る前に、彼らは百科事典を求める。それから僕は百科事典を言葉の間の関連性をリストする本だと表現する。

それから僕はこれといつものロングテールの例のアナロジーを上げる...

言葉=音楽
ヘッド=最低で百万売り上げる曲
ロングテール=忘れてしまったか、聴いたことのない曲
百科事典=(レコメンデーション)ソフトウェア
同義語=同じような

...そして僕は彼らに音楽を探すためにソフトウェアをロングテールで見つけるために使い、同様のことがラジオで音楽を聴くこと、ロングテールで言葉を見つけるために百科事典を、文章で言葉を読むことと同様だということを説明する。

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2005年10月11日 (火)

ロングテール101 (基礎)

ロングテールの理論は僕らの文化と経済は増々、需要曲線のヘッドに位置する比較的少ない数の"ヒット"(メインストリームの商品とマーケット)からテールに位置する巨大な数のニッチへとシフトしていっているということだ。制作と配給/配信のコストが下落するにつれ、特にオンラインだと、ますますone-size-fits-allないれものに商品へ光を当てたり、消費者を導いたりする必要がなくなっている。物理的な棚スペースと他の配給の障壁無しの時代では、メインストリームの出し物以上に狭くターゲットされた商品やサービスは経済的に魅力的だ。

この例の一つとして、伝統的な小売店で入手できない商品に対する潜在的需要のほうが、入手できるものより大きいという予測だ。でも同様のことが、どの日でもブロードキャストTVで入手できないビデオや、ラジオで流されていない曲についても言える。別の言い方をすると、伝統的なリテールやブロードキャスト配信では個々では充分売れない商品のアグリゲート(集められた)されたサイズは、経済的に可能jな現存する大きな市場に匹敵するかもしれないということだ。
rawtail
この言葉はエンターテイメントから耐久消費財まで、どの産業にも適応できる特に上のグラフの黄色の部分の売り上げに相当する。赤い部分はヒットで、前世紀の大部分、僕らのマーケットと文化を支配してきたものだ。黄色の部分は非ヒット、もしくはニッチで、現在そして未来にかけて新しく成長しているところだ。

伝統的なリテールの経済は、店はヒットするようなものしか抱えないということを支配している、なぜなら棚スペースは効果だからだ。でもオンラインのリテール(AmazonやiTunes)は実質的に全てを抱えることができ、入手できるニッチ商品の数はヒット商品より何桁も多い。この何百万ものニッチがロングテールで、今まではヒットのショートヘッドを好む傾向からつい最近までほとんど無視されてきた。

消費者が無限の選択肢を提供されたら、需要の本当の形が明らかになる。そして僕らが思っているよりヒット中心主義にはならない。人々はニッチに引きつけられる、なぜなら狭い興味に対してより満足できるからで、僕らはみんな人生のある側面では狭い興味を持っている(それをそう考えていようがいまいが)。

僕らの研究プロジェクトはロングテールを三つの方法、音楽、映画と本のオンラインとオフラインのデータを比較することで、定量化しようとしている。

1. ロングテールのサイズはどれぐらいか(典型的なオフラインでは入手できない在庫)
2. それらたくさんのニッチ商品が入手できることにより需要の曲線はどのように変わるか?それらはヒットから転換するのか?
3. その転換をどのようなツールと技術が牽引するのか、そしてどれがもっとも効果的か?

ロングテールの記事(そして来る本)はこの顛末の全体図についてだ:僕らの経済と文化がどのようにマスマーケットから何百万ものニッチへと転換しているのか。この本では消費者がニッチ商品を見つけ、買うことを簡単にすることを可能にしたテクノロジー--、"無限の棚スペース効果"--デジタルダウンロードからP2Pマーケットに及ぶ新たな配給/配信メカニズムで、ブロードキャストと伝統的な物理的なリテールの障壁を突き破る--の影響を記録している。

ウィキペディアのエントリー(訳注:こちらが日本版)はこれを拡げるために素晴らしい仕事をしている。

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2005年10月 6日 (木)

ロングテールではないもの、パート2

幾分か前、僕が理解している限りロングテールとはほとんど関係のない現象についての洪水のようなとりとめの無い話に苛立って、僕は無愛想なタイトルの"ロングテールではないもの"を投稿した。僕はロングテールの例として、サブウェイのサンドイッチに関しての可能なトッピングの様々なものを記述した投稿を取り上げることから初めた。それはちょっと不公平だった、なぜならそのサブウェイの投稿は半マジメだけであり、そこらへんにもっととんでもない違反者がたくさんいたからだ。でも僕の幅広い指摘は重要だった:ロングテールはどこでも見つかる、でも知っての通り、どこにでもという訳ではない。

CapGeminiのイノベーション・コンサルタント業のChris Bertelliはとっても思慮深いコメントをその投稿へコメントをしたので、それをそのままここに僕のコメントと共にコピーする:

一ヶ月後のtrendwatching.comでのちゃんとした"Nouveau Nich"仮説を引用しないのに、彼のサンドイッチの例で彼を貶めるとは残酷だね。サンドイッチの例は少なくても例として、棚スペースと配給の経済を当てにしてた(VS. スーパーマーケットの事前に包装されたサンドイッチ)。Nouveau Nichはそうではない。

Nouveau Nichの仮説は人々が増々マスマーケットの商品を避けると提案しており、なぜなら彼らは増すで、ニッチ商品を探している、なぜならマスと異なるようになりたいからだ。違いはそれ自身ポジティブな特質となる。このトレンドはインターネットその他による製造、マーケティング、セール、もしくは配信/配給の変化とは関係ない。Nouveau Nicheは好ましくない経済に対してさえ励ましせきたてる可能性があるとしている-人々は違うものに対してより高く払うようになるだろうと推定される。Nouveau Nichは確かにロングテール・ビジネスのためになるが、この二つの現象は全く違う起源を持っているようにみえる。

僕はそのトレンドウォッチのエッセイの公平な読み方は、ニッチの制作コストとそれを消費することのコストの減少両者がNouveau Nicheの大きな部分だということに着目するだろう。ある人はこう引用した:"新たな制作仮定、マス(!)な配信、テクノロジーとコミュニケーションのチャンネル、全てがグローバル経済におけるスケールと範囲を可能にしており、実質的に全てが作られ、ブロードキャストされることを可能にしている、どんなものでも。"。だがここでBertelliのコメントに帰ろう:

またあなたはカスタム化の組み合わせはロングテールとは異なると言った。でももしサブウェイで売られている種類全てをグラフ化して、べき乗法則の分布が出てきたらどうだい?サブウェイはおそらく、もし事前に準備された十種類のサンドウィッチを用意したものより、カスタム化されたほうが多くを売り上げているだろう。これはロングテール商品戦略の驚異的な例ではないかもしれないけど、それを冷笑するのは間違っているかもよ。

トッピングの選択としてべき乗が得られるということに関しては彼は正しい。けれど、僕が使ってきた例はべき乗法則だけではなく、ニッチへリーチする経済的なコストの変化が変わったことにより、べき乗法則のテールが遥か遠くへいくことを可能にしたという例もある。ヒットもべき乗法則のテールを持っていることを思い出してくれ:これは全体のコストがマイナスになるところで切り取られているに過ぎない。もしサブウェイがサンドウィッチの作り方の経済を改良することができれば、メニューにもっとたくさんの選択肢を追加できるだろう。僕はロングテールのライトについてもっと取り上げてみたい。

インターネットで事業を始めようと思っていない人達のためにロングテールに関して書いている時に、この疑問が思い浮かんだ。彼らは既存の企業で、ものを作っている。彼らにとってロングテールは意味するかどうかどうやったらわかるのか?特に、ロングテールの商品戦略がメディア産業の外でどのように適応できるかについて考えている。

The Boston Globeはスーパーマーケットの棚における商品の選択の増大についてのコラムを載せていて、ロングテールは律儀に引き出されていた。これを君はまた悪用かと思うかもしれない。制作/マーケティング/販売/配給の経済は変わっていない。スーパーマーケットにおける棚スペースはいつものことながら有限である。Globeのコラムは"選択の苦しみ"の類いへと収束しており、なぜ制作側が様々な種類の商品を追加するのかという質問へ移った。そのようにアグリゲートされた方が売り上げが良いのか?彼らは意地悪なので、僕らを苦労させているだけなのか?おそらく巧者だ。Proctor and Gambleは結局悪魔なのだ。

あいにく、スーパーマーケットにおけるバラエティーブームに関しての章を書き終えていたところだ。そこでは僕は愉快に"選択の苦しみ"論を叩いた、特にアカデミックな近視眼について。実体は、人々はブランド、習慣、価格感度とプロモーションの間で、ストレスなしに巨大な選択肢の中で舵取りするために準備することができる。企業は増々彼らの商品ラインをうまく切り取って、消費者のグループのコモディティー化をかわし、利益を上昇させ続けることができるかもしれないけど、もし人々がそれに対してもっと買うことにより反応していなかったら、そのトレンドは遥か昔に終焉していたかもしれない。

その号のGlobeでの関係のないコラムで、Alex Beamはコーラの現存する14種類について愚痴をこぼしていた。(ロングテールへの言及はなかった--はっは!!)。コーラはバカではない。棚スペースを独占しようとしているか、このニッチなバラエティー戦略が一定の棚スペースにおいて彼らの売り上げを伸ばしているのかだ。それに反するポイントとして、僕はNew Yorkerの増大する(ロングテールと親和性の高い)DVD Vs. (ロングテールに都合が悪い)ボックスオフィスの映画産業の商品戦略に関するJames Surowieckiの記事について考えた。それはロングテールが実際、制作側の振る舞いをどのように変えるかという素晴らしい例に見えた- これから開始する人達にとって以上に、どのように既存のビジネスと関係を持つのかについて。

よって...映画業界はニッチ商品に対して戦略を変えてきた、なぜならそっちの方がお金になるからで、それはロングテールだ。コーラはニッチ商品に対して戦略を転換している、なぜならそれでお金になるからで、それはロングテールではない。んー...なんで違うのか?なぜならコーラの数に比べて映画の数は4桁多いからか>それは数が種類の違いと等しいと言う、いつもながら疑わしい前提で、ミクロテールについて語る時は特にだ。コーラの類似品の売り上げは適度なべき乗法則の分布を形作るかもしれない。おそらく"ヒット"(オリジナルのコーラ)が人々をニッチへ牽引したと言えるかもしれない、同じラベルの棚にそれらを置くという単純な検索機能によってね。

繰り返すが、テールの長さは関係無い。重要なのは新しい経済による可能になったテールの長さの変化だ。それは戦略の転換の問題だけではない;それは商品が作られ、売られる構造的な変化も必要としている。もしコーラが製造と配給に関してニッチの経済性を高める変化を伴っていたら、それは簡単にモデルにフィットしていただろう。

映画産業の例はマーケティング、セールスと配給の変化に牽引されている。コーラの例はもっとNouveau Nicheに関するもので、コーラとTabを提供すると同じかより悪い。それが違いなのか?ニッチ市場は消費者牽引型(売り上げの増大)だけなのか、配給モデルに変化なしでは、ロングテール村から阻害されてしまうのか?

まぁ、その両者は手を取り合っている。小売りの切り捨てライン(置く価値のある売り上げの数)は大抵経済の問題で、位置づけではない。今まで2種類しか提供できていなかったのに20種類提供したいということは簡単だが、その余分の棚スペースはどこからくるんだ?選択肢が増大するにつれ、在庫の管理は同時に複雑になっていき、商品の種類増大するにつれ予測しながら製造するのがますます難しくなる。

別の言い方をすると、ニッチ・マーケティングは言うのは簡単だ。でも、製造、配給、そして販売するもっと効率的な方法が伴わないと、実行するのは難しい。

僕はロングテール正誤局を運営しているわけではないので、誰かを認定したり不認定したりする役割を負わない。でも、これだけは言っておこう;ニッチへリーチする経済性が改善されていないどんなロングテールの主張は疑問を持って見るべきだ。

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今回ばかりレコードレーベルは正しいのか?

ipod_adまた邪悪なレコード会社が僕らを騙しているんじゃないかと推測されてしまうかもしれないけど、今回の努力にはアップルがそのone-size-fits-allの価格モデルを手放すことに対してはある程度意味はある。週末にかけて、ニューヨークタイムズ紙は0.99ドルの固定された価格に関してのレーベル側とアップル側の綱引きについての記事を出した。レーベル側はほとんどの音楽をもっと高く売りたいと思っている--一曲1.49ドル?--一方古いか無名のトラックはもっと安くなるかもしれない。

多様な価格を好む理由はたくさんある。初心者にとって、これはほとんどの場合、いろいろな商品や消費者のマーケットを最大化するための最も効率的な方法である。Barry Ritholtzが指摘する通り:

これは経済の原則だ:需要に幅がある商品は価格に対して非常に敏感だ。さらに、簡単に無料で手に入るもの(違法であっても)は価格上昇に対してはさらに大きな反応がある。

アップルは、まだ人々がダウンロードされる音楽にお金を払うことに慣れるまで、単一価格は単純にサービスの初期段階で必要なものだったと言っている。でも5億曲が売れた今では、その適合する段階は終わっている。よって進むべき正しい価格モデルはどのようなものか?

アップルとレーベルの間での論争の大部分は価格を上げる業界の取り組みに費やされてきており、それは間違いなく彼らの計画の大きな部分を占めているだろう。ここでは驚きが無い。本のために僕らが行ってきた調査はオンライン音楽ビジネスの大部分の中--トップ100,000ダウンロード内--で平均的なCD売り上げの3.5トラックしか占めていない。よってレコード会社はトラック単位で音楽が売られた場合のアルバムからは(全体の)利益として3ドル未満しか得ていない。これはCD全体の売り上げの半分未満にしか過ぎない(CDを製造し配給する物理コストを含めない限りだが)。アルバムモデルからトラックモデルは実際レーベルにとっては警告すべきことで、それを見るとなぜ彼らがオンラインの小売価格を上げたいのかが簡単にわかる。

でもそれ以上のものがある。レーベルは邪悪かもしれないが、(全員が)バカなわけではない。彼らは--アーティストについては対して触れないが--また多くの音楽の価格を下げることによる長所もわかっている。何十年間にも渡って、彼らは割引された名作から高価なボックスセットまでCD価格モデルを操作してきており、伝統的な小売店の間接費から解放された今、もっと実験したいのだろう。うるさいコメンテーターの数人はアップルが価格を0.99ドルに保つことについて励ましてきたが、多様な価格を提供することは究極的にはもっと消費者に有益な結果に導くという強力な理由がある。

理由は単純なロングテールの数学だ:ヘッドよりテールには遥かに多くの音楽があり、レーベルは一般的にヒットよりトップ1,000から外れたものに対して割引価格の実験を行いたがっている。それらのニッチはタイトルの数からすると現在手に入るCDのほとんどを占めており、それらは地味な売り上げしか叩きださないので、ヒットだけを置く傾向のあるCD小売店との摩擦を生みにくい。

アップルが三段階の価格を提供しているところを想像してみてくれ。1.49ドル、0.99ドル、0.79ドルだ(街阿木無く0.49ドルへと拡大するが、それより下はクレジットカードのプロセスなどの中間費用が現れ始める)。段階的な価格--金、銀、銅--は未だ消費者が理解するのに簡単で、需要の創出へ価値ある新たな断面を提供してくれる。

例えばRhapsodyは価格を半分の0.49ドルへ下げた時に、需要が三倍になった。そして何でも聴ける(all-you-can-eat)サービスの消費者あたりの平均的な使用量は、iTunesのようなダウンロードあたりに払う音楽サービスの5から10倍だ。それにサービスフリー音楽の潜在力を足してみると、既にアップルが道を敷いたポッドキャストとクリエイティブコモンズの元でライセンスされている音楽に拡張すると、商業音楽サービスのユーザー基盤を何倍にも成長させることができる。

iTunesが多様な価格を容認すれば、レーベルはCDで行っているようなことを行うことが想像できる:年代、人気度、ターゲットされたマーケットによって価格全体の幅を設定することだ。いくつかのレーベルは愚かにも全ての価格を値上げし、結果的には全体の利益を下げることになるだろう。でも賢いレーベルは、ブレイクさせたいバンド、古い音楽のパッケージの値下げ、そして特別なリイシューものやハードコアファンのための再発売で高い価格など、あらゆる種類の価格設定を試すだろう。それは彼らが小売価格が9ドルから18ドルまで広がるCDの世界で既に行っていることだ。

アップルは0.99ドルに価格を保つことで強欲なレコード会社から僕らを守っているのだと考えているかもしれないし、それは実際短期で考えると正しい。でも長いスパンでは、one-size-fits-allの価格は業界の経済を抑制し、市場を抑制することになる。もしアップルが多様な価格を提供すれば、遥かに高価なヒットを上回るたくさんのディスカウントされたニッチ/バックカタログの部門のおかげで平均価格が実際一、二年で崩れることを想像することは難しくない。

価格が自由に上がったり下がったりできる限り、僕は最終的にはマーケットの力が正しいモデルを見いだすと自信がある。そして全員と全曲についてどのモデルも正しくないということを彼らが確信することに関してはより確かに思っている。

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"過不足のない海賊行為"

dorkpirate映画とテレビ業界がBitTorrentに対して心配している主な理由は、彼らは海賊行為による音楽業界の経験でびびっているからだ、ということは目新しいことではない。P2P配信の経済的な利点を認識しているにも関わらず、一旦彼らのものをそこに置いてしまったら、それが三重のDRMで包まれていたとしても、クラックされて保護されていない形で出回る可能性があることを心配している。映画に関して、それは利益の損失だ。テレビ番組にとって、広告が除外されてしまい起源切れの週間が排除され、(おっと!)コンテントが偏向されたりリミックされたりする可能性がある。

その全てが業界の幹部にとってとってもコワイものに数えられ、その結果、彼らのプレミア・コンテントをオンラインで出回らせる前に"強力な"DRMを探している。これは二つの理由から、間違いである:

最初はユーザー体験についてだ:本当にクラックするのが難しいテクノロジー全ては、おそらく消費者に受け入れられるには煩わしすぎる

これらの類いに関して、今までドングルから手間がかかる複雑な登録スキームまであらゆる種類のものがあった。それぞれは市場を作る出すより消費者を苛立たせるほうが得意なんじゃないかと思わせるほどだ。これらの例のレッスンは0%の海賊行為は不可能であるだけではなく、経済的にベストではないということだ。もし君のコンテントがクラックできなければ、おそらくマーケットをきつく絞めすぎて、純粋な消費者でさえ不便と感じることになる。

その代わり、効率的なソフトウェアとエンターテイメント市場は業界は、権利に関してバランスのあるコントロールを持たなければいけないと説得するために、過不足のない海賊行為を公開するべきだ。その数字は0%ではなく(あまりに侵略的な保護方法が必要になるので需要を殺してしまう)、100%でもない(ビジネスを殺してしまう)。その中間だ。

二つ目の理由は海賊行為ゼロへの道筋は経済的に間違っているからだ:海賊行為は実際、価格を上昇させることができる

驚くべき例を披露しよう。僕は元マイクロソフトのマネージャーとある日談笑していて、彼は分析の結果、マイクロソフトは海賊行為が不可避であることだけでなく、実際に経済的には最適になる可能性があることを認識した、ことを暴露してくれた。理由は直感に反しているが、興味をそそる。

通常の価格設定方法は、潜在市場全体を見渡して、経済的に低い末端とトップのいくつかを見て、全体的な収益を最大化させるために価格を頂点と底の中間に設定する。でももし海賊行為に対して底を譲渡すると、価格を頂点と中間の間に設定することができる。結果:一コピーあたりのより高い収益、そして潜在的に全体的な収益もより高い。

(これは通常の発展途上国の世界の海賊行為に対してのアプローチ、海賊バージョン近くに価格を下げ、価格のギャップを縮めることにより正式なバージョンへ消費者を呼び込む方法、とは真逆だ。しかし現実的には、海賊バージョンの価格は低すぎるので、ほとんど違いを生み出すだけ価格のギャップを近づけることはできない。)

これに馴染みのある(しかし意見が分かれる)、海賊行為はテクノロジー市場に種を植える手伝いをしてくれ、結果的に全体では利益が出るという議論を追加してみよう。特に急激に発展している中国やインドのような発展途上国では、どこにでもある違法コピーされたWindowsとOfficeはそれらを国のデファクトスタンダードにしてきた。ほんのわずかなユーザーしか最初はリテール版を買うことはしなかっただろうが、フリーソフトウェアを含む安いテクノロジーの普及により、経済的なブームへと導いてきた。マイクロソフトは商業ソフトウェアに対してトップの位置、大企業や政府機関、などで良いマーケットを見つけている。

これらの効果が考慮に含まれると、海賊行為には最適なレベルがあるようにみえる。その正しいレベルは業界によって異なるかもしれない。今日では、推測される海賊行為の比率はCDに対しては33%DVDに対しては15%だ。業界はそれを高すぎると言うが、彼らがそれを下げるために持ち出してきたアンチ・コピーのテクノロジーは人気がないことを証明した。それをさらに締め付けることがうまくいくのか?おそらくうまくいかないだろう。多分15-30%とは単純にマーケットがそれらの業界にたいして最適な海賊行為の比率だと言っているに過ぎず、それを下げようとするあらゆる努力は需要を消すか、人々をさらにダークサイドに引き込むだけかもしれない。

よってビデオのコンテント保有者とその他DRMを考えている人達へのモラル:君が求めているものに注意せよ、なぜなら手に入るかもしれないからだ。”クラックできない" DRMはユーザーをさらにアンダーグラウンドに走らせたり、価格を下げさせたりしてP2P問題をさらに悪化させるかもしれない。弱いDRM包装(今のDVDのように)でコピーが出回ってマーケット全体が沈没している絵を想像するな。その代わり、海賊行為が比較的低レベルに留まり、残りのマーケットをよりハッピーで利益が上がる状態に残してくれる。

レッスンとしてほとんどの人にとって簡単、便利で苛立たせないコンテント保護へのアプローチを探すことで、それからいくつかの漏れが出るのを受け入れることだ。ほとんどの消費者は、あなたが彼らを潜在的な犯罪者と扱わない限り、品質が保証されている正式なものに対して払う価値を見いだしている。そしてその他リスクを負って海賊版を探す苦労を惜しまないマイノリティーについては?まぁ、彼らは多分君の最高のマーケットではなかったんだよ。

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Bram CohenとP2P TVについて話す

cybram昨日のFoo CampBitTorrentの発明者のBram Cohenと、P2P配信を後押しするためにテレビ業界に何が起こる必要があるのかについて談笑した。業界が海賊行為と利益が失われることについて戦々恐々となっている音楽と映画と違って、テレビは容易にその"無料の"広告主導のビジネスモデルを拡げることができる。

ロジックは次のようだ:

1. ほとんどのテレビは既に無料なので、ファイル交換で"盗まれる"ということはない。
2. 多くのテレビのコンテンツ保有者は広告主のためにより多くの視聴者にリーチしたがっている。
3. 一つの方法はより多くの配信をすることだが、ブロードキャストでは高くつく
4. BitTorrentは無料で配信を提供する

よって、もしコンテントを完全な広告と共にP2Pネットワークで循環させるようにすれば、関係する人全員にとって良いことになるように見える。

でも、一見うまくいきそうなこれらが、ネットワーク局にとってそんなにフィットしないであろう、他に四つの理由もある:

1. ネットワーク局は広告を取り除き"クリーン"ヴァージョンを出回らせると見ている。
2. 広告が残ったとしても、ほとんどは特定の時間帯と場所のために作られている。"Now on sale"は何週間後正しくないかもしれないし、ローカル広告は全く無駄になってしまう。ブロードキャストと違って、P2Pコンテンツはいつでも見られてしまう(そうだ、同様のことがDVRについても言え、広告主はそれについていい顔をしていない)。
3. ローカルネットワーク局の支部は時々、地域限定の番組を持つ。BitTorrentは地域性を無視する。
4. ネットワーク局はテレビのコンテンツの幅広いファイル交換が、伸びている彼らのテレビシリーズのDVDの売り上げと競合すると心配している。ほんのわずかなテレビシリーズしかDVDにならないにも関わらず、彼らは必ずしも最初からどの番組がDVD化されるのかわかっていないので、ファイルがオンラインで出回ることにより選択肢を制限したくない。

ある人は、この問題を解決するために次のようなことを言ってくるかもしれない:

1. コンテント保有者は広告を除外するのが難しい、保護された形でビデオをリリースすることができる(それをスキップすることすら難しくしてしまうことだってできる)。さらに再生された時の記録を集計できるようにさせ、ブロードキャストよりネットワーク局により確かな視聴者の数を把握することができるようにさせる。代案として、ネットワーク局はコンテンツに対す代価だけに頼ることもでき、除外することは不可能だ。
2. 全国的に有効な広告だけを使い、一週間単位にすることが可能だ。これは特定の商品より、ブランドに対しての広告になるだろうが、それでもたくさんある。
3. Quoth Bram: "地域限定番組を止めよ"。実際多くのネットワーク局がそれから足を洗っている。
4. その保護されたビデオを六ヶ月後に有効期限切れにすればよい、そうすれば出てきたDVDと競合しない。

これはBramの言い分で、僕のではないことをはっきりさせてくれ。彼はDRMのファンではなく(道徳的立場というより現実的にだ)、多くのコンテンツ保有者がビデオを制限無しに出回らせることによる利益に気づいてくれることを希望している。そして、アメリカでBitTorrent配信を使ってトレーラーやその他のプローモーション用の素材を配信している、アニメを配信しているADV Filmsを含めて、始まりの兆候が見られる。ADVの例に簡単に続けさせることを可能にするため、Bramと共にこのテクノロジーをさらに商業化させるために、たくさんのスタッフがいる。

僕は、ネットワーク局に適合する、上のような何らかの形のコンテンツ保護がつくと推測している(彼らは想像通り、極端にリスク反対者である)。でもどのように転んだとしても、その日はくる。BitTorrent配信モデルの経済的効率性に抗うことはできない、特に非メインストリームな料金では。問題はもしではなく、どのように、そしていつP2Pテレビが始まるかだ。

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ニッチはヒットより利益になるか

new8020_2先週僕の新しいグラフを投稿した後、多くの読者が右下のバーについて、伝統的なリテールでは可能でなかったロングテール市場の利益がニッチに対しても収入を上げることができ、それが大きなことだと示している、触れてくれた。でも読者は僕が示したより、その効果と利点を軽く見すぎていると考えている。そして彼らは正しいようだ。

僕は利益の投下がロングテールの重要な利点だと議論してきた。実際の店では、経済はヒットを好む、なぜなら彼らは棚スペースを余りにも効率的に使用し、品物を置いたかと思ったら足早にそれを取り替えるからだ。でも棚スペースのコストがとっても小さいロングテール市場では、ニッチはヒットと同様のコストしかかからず、潜在的には同様の利益幅がある。これはグラフィックにおける最後のバーが、それ以前の収入バーと同じであることを説明している。

でも僕はニッチ・コンテントの所得のコストを小さく見すぎていた。読者は正しかった。ニッチの経済はヒットよりさらに良いものになる。本当にだ。

その理由を探るために、DVDのリテール市場を見てみよう。ここに大体の金銭上のやり取りが掴めるグラフがある(予測値はDVDStationのWilliam Fisherを含む多くのリテールの専門家から得ている):
dvd_economics_1
ここで見られるのは今日のニューリリースの経済は酷いということだ。スタジオ会社はDVDに対して17-19ドルものお金をとり、" big box(大手の)"リテーラー(ウォルマート、BestBuy)は最初の一週間から二週間の間はそれを15-17ドルで売っており、DVD一枚あたり2ドルの損失となる(これは諸経費を除いた額で、実際はもっと大きい)。

一ヶ月かそれぐらいで、DVDの販売価格全体が小売価格より素早く小さくなり、徐々に利益が出るようになる。それでも70%のDVD売り上げは、利益が出る前の発売後二ヶ月に集中している。なんで小売店はニューリリースをそんなに安く売るのか?それは大手リテーラーのためで、少なくても彼らは"負けて勝つ"者になり、人々をより利益幅が良いDVDセクションの他のタイトル、あるいは店内の別の所へと引きつけることにしている。

DVD配給者は売れ残ったニューリリースを回収し、小売店のリスクを軽減することによりこれを後押ししている(でもドリームワークスやピクさーなど、そのコストの大きさを学習してきているところも増え続けている)。

問題は、これは他に売るものがある大手の小売店ではうまくいくが、ブロックバスターのような専門のDVD小売店を含む他の全員へと価格を固定してしまう効果がある。大手の小売店は業界に渡ってニューリリースの利幅を下げており、ヘッドの経済を増々強めていることになる。今年のブロックバスター株が50%下げたことは偶然ではない。

でも、もしニューリリースにそれほど頼っていなかた需要をさらにテールへと下げることができれば、利幅を大幅に改善させることができる。人々は群れで動くので、一晩では変化は起こらないかもしれないが、不可能ではない。これがレコメンデーションやその他のフィルターがロングテール市場でこれほど重要な理由だ。人々をヒットの世界(高い買い取り額)からニッチの世界(低い買い取り額)への旅へ導くことができれば、賢い小売店はリテールの経済を劇的に改善させることができる可能性がある。

(これはNetflixが正に行っていることだ:一部の利用者を苛立たせにも関わらず、ニューリリースをそれほど買わないのは、利幅を保つことを可能にする)

僕はDVDのケースを上げたけど、音楽や本に対しても全く同様で、他のものに対しても当てはまるだろう。収益の大部分はそれでもまだヒットに依存するかもしれないが、ニッチに対する利益は増大している。

このレッスンで懲りた。僕はテールのより大きな収益の状況を反映したグラフを書き直した(数字は説明図のためで;異なる市場でばらつくだろう)。
new8020_3

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